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Magic Story -未踏世界の物語-
石術師
2014年10月29日
(※本記事は2024年5月18日に一部再翻訳版として掲載されました。)
(※本記事は2024年5月18日に『モダンホライゾン3』収録カード情報が追加されました。)
遠い昔のこと、世界を貪り食らうエルドラージは三人のプレインズウォーカーによってゼンディカーへと封じ込まれた:精霊龍ウギン、吸血鬼ソリン・マルコフ、そして三人目は石術師と呼ばれるが、現在その者についてはほとんど知られていない。
今日、私たちは六千年以上の過去へと遡る。その名さえも歴史の中に失われた次元へ。
今日、私たちはあの「石術師」を目にする。
石の塁壁が裸の地面から伸び、かつては開けて無防備な平地であった小さな宿営地を取り囲んでいた。塁壁は滑らかな曲線を描き、簡素な銃眼が開いていた。
ナヒリ、石術師とも呼ばれる彼女は自分の作品を見定めて顔をしかめた。出来は申し分なく、良い条件であれば数世紀に渡って立ち続けるだろう。
条件は、良くなかった。
この場所には恐らく百人ほどの避難民が残っていた。明日、彼らは再び野営地を移動するのだろう。さもなくばあの……ものに蹂躙される危険がある。一体何なのかはともかく、あれは忌まわしきもの、悪夢から這い出したもの。とはいえ、ナヒリはわざわざそれを憎むことはしなかった。それで状況が変わるわけでもない。
「話があるのだが良いかな、ナヒリ?」
早口の、乾いた声がすぐ背後から聞こえた。足音が聞こえるはずの距離、息遣いを首筋に感じられるはずの距離。けれどこの男は猫のように歩き、息を吐くこともない。そしてこの男の唇が自分の喉に触れるほど近くにあるという考えに、彼女は身震いをした。吸血鬼。
とはいえ、その男がそこにいるということは知っていた――何せ、むき出しの石の上を歩いていたのだから。だが手の内を全て他人に明かすなと教えてくれたのは、他でもないこの男なのだ。友人にも明かすなと。その「友人」にこの男が含まれるのかどうか、ナヒリは確信を持っていなかった。
彼女は振り返り、ソリン・マルコフと向き合った――吸血鬼であり、プレインズウォーカー仲間であり、イニストラードと呼ばれる次元の守護者。故郷から遥か遠く離れたこの世界において、友人に最も近い存在。
ふたりの組み合わせはとても目立ち、黒髪と赤ら顔の人間で構成される避難民たちは距離をとった。ソリンの髪は彼女と同じく白色だったが、肌は雪花石膏の白ではなくくすんだ灰色をしていた。彼をまごうことなく異邦人だと示しているのはその瞳だった。白くあるべき所が黒く、虹彩は見た者をひるませるような輝きを放っていた。
Sorin Markov | Art by Michael Komarck |
ふたりは避難民たちの中を通り、野営地の端にあるかまどへと向かった。そこではナヒリが作り上げた壁が、低い岩場を取り巻いていた。ふたりは立ち、壁を見上げた。太陽は前方の丘へと低く沈みつつあり、谷の忌まわしきものの姿は情け深くも影の中にあった。
「君はあの者達のために宿営地を作った」ソリンは言った。「もう一度言おう。私たちは去り、あとはあの者たちでやっていかせるべき時だ」
「だめです」ナヒリは言った。「私たちは、ここの人々を守るために来たんですから」
「君は彼らを守るために来た。私はこの世界であれらを止めるためにここにいる。他の世界へ――私の、あるいは君の世界へ広がる前に止めるために」
「ここの人たちが苦しむのを黙って見てはいられません」
「ならば背を向けるのだな。そしてもっと大きな情勢を見ることだ」
ナヒリは肩越しに振り返り、野営地を一瞥した。数人の避難民がプレインズウォーカーふたりを見つめていた。
「もっと大きな状勢って、何ですか」ナヒリは静かに尋ねた。「私たちは勝てるんですか?」
ソリンは彫像のようにじっと動かず、暗黒のさざ波を凝視した。
「いや」
ソリンの端正な容貌が翳った。それは自分たちの失敗に対する罪悪感だろうか? それとも自分たちの弱さを恥じるものだろうか? ナヒリ自身、それを知りたいのかどうかもわからなかった。
「抵抗し、戦うことはできる。形勢を変えられるかもしれない。だがそれと同時にこの地の人々を守ることはできない」
「選択肢はありません」 ナヒリは言った。「私たちが知る限り、ここの人たちはこの次元最後の生き残りです。救わないと。試してみないと」
「そこまで言うなら」ソリンはひどく大きな声をあげた。「彼らが虚無へと消え去る間、座して手を握ってやればいいだろう。そしてあの怪物どもに他の世界を食らわせておくがいい。彼らは私たちが『試してみた』と知って、大いに慰められるだろうな」
ナヒリは避難民たちを一瞥した。彼らはもはやプレインズウォーカーを観察してはいなかった。彼らの瞳はその震える手を占める小さな務めに向けられていた――ひとりを除いて。
15歳ほどの、冷めた瞳をした少女がそこにいた。
ナヒリは何かを言おうとした、何か、慰めになるかもしれないものを。言葉は出てこなかった。救いも、勝利も約束できなかった――何も約束できなかった、試してみるということ以外は。そしてソリンの激昂の後、その感傷は無意味に鳴り響いていた。
彼女はソリンに背を向け、岩場を下りていった。そして冷たく厳しい目をした少女の前で立ち止まった。
「あなたの名前は?」ナヒリは尋ねた。
「リアン」
「剣を使うことはできる?」
リアンは頷いた。彼女は武器を帯びてはいなかった。
ナヒリは近くの石へと手を伸ばすと、自身の内に古の呪文を呼び起こした。まだ定命の存在だった頃、まだ若かりし頃に身につけた呪文。あらゆる石の中に金属があり、この石もまたありふれた石だった。ナヒリがその生きた岩へと手を差し入れると、岩は乳白色をした彼女の手の周囲で融けて泡立った。
何人かの避難民が驚きに息をのんだ。ソリンは眉をひそめた。少女はただ見つめていた。
ナヒリは石の内にある金属へと呼びかけ、そして剣の柄に手が触れるのを感じた。それを引き抜くと、融けた岩から解放されるかのように一本の優美な剣が滑り出た。
彼女は少しの間それを掲げていた。沈みゆく夕陽に輝かせながら、鋳造の熱が引き、触れても冷たく感じられるまで。ナヒリはそれをリアンへと差し出した。
「ここは、あなたの世界。この石、この大地は、あなたたちのもの。あなたたちが守るべきもの。私たちを当てにできないと思うなら、当てにするべきは私たちではないわ」
リアンはその剣を受け取り、重さと釣り合いを試した。
彼女は小声で尋ねた。「私たち、みんな死ぬの?」
「私にはわからない」ナヒリは答えた。「でも、そうだとしても、少なくとも戦って死ぬことはできる」
リアンは頷いた。
ナヒリはソリンのもとへと戻った。
「素晴らしいことだ」そう言う彼の声は、ナヒリにしか聞こえないほど静かなものだった。「偽りの希望であっても、何もないよりはましというものか」
「どんな希望でも、何もないよりはましです。どんな時でも」
ソリンは眉をひそめたが、何か答える前に地面が震えた。ナヒリはよろめいたが体勢を保った。小さな地震は一日じゅう起こっていたが、これほど大きなものは初めてだった。
谷底は完全に影の中にあり、その内にはのたうち回る、筋ばった身体をした敵が動いていた。それらの全てが病的な色とよじれた形状をしていた。だがこの時、それらは奇妙なほどに動きを止めていた。この数週間、ソリンとナヒリが戦ってきた中で初めて。それらは西を、沈みゆく太陽の方角を向き、身体を揺さぶり始めた。
そして、ありえないほどに巨大なひとつの影が、谷の反対側の丘陵の向こうに立ち上がった。重厚で、山ほども大きく、奇妙で、見つめることすら恐ろしく、そのすべてが白骨と筋ばった触手でできていた。
Ulamog, the Infinite Gyre | Art by Aleksi Briclot |
地面がまたも震えた。その巨大なものが振り返った。それは彼らへと向かってきていた。それが動くと、谷の中に蠢く群れが殺到するように突進してきた。まるで鉄屑が磁石に引き寄せられて並ぶように。
「戦闘準備!」ナヒリが声をあげた。
避難民たちは動かなかった。皆、ナヒリの先を見上げていた。真実だと彼らが思っていたものと、今まさに見つめているものとを隔てる無限の距離を見つめていた。怒れる異形の神に対して、一体どんな武器や戦略が役に立つというのだろうか?
「動いて!」リアンが叫んだ。
その呼びかけに避難民たちは動き出した。武器を取り、野営を壊し、戦闘か逃走の準備をした。親は子供の手をしっかりと掴んだ。片脚が折れた男は槍にもたれかって立った。
今や地面は止まることなく鳴動していた。地平線上に巨大な雲が渦を巻いていた。その周囲では土の塊が宙に浮かび上がり、そして砕けていった。
甲高くさえずる恐ろしいものたち、その第一波が宿営地へと到達した。それらは金切り声を上げ、叫び、むせび泣き、吼えていた。どれも鋭い顎と凶悪な鉤爪を持ち、触手を振り回し、だが目はなく、頭部は白骨でできていた。最も小さなものは犬ほど、最大のものは建造物ほどもあり、それは軍勢の中を通って進んできた。小型のものが壁際に積み重なり、その仲間がよじ登ってきた。
ナヒリは剣を抜いた。ソリンは彼女の隣に構え、その反対側にはリアンがいた。そして彼らは肉と狂気の突進する潮流と激突した。
ソリンが手を振り上げると、十体ほどの怪物がしなびて塵と化した。ナヒリは意志を集中させ、何十という敵が岩の地面へと沈んだ。だが数は更に多かった。常に多かった。そして最大ものは全てを引きこむ渦だった――彼らの身体、心、魔法さえも。ナヒリはマナを集めながらも、それが螺旋を描いて吸い取られるのを感じた。
地面がぐらりと傾き、ナヒリの髪が逆立った。彼らの目の前にいる怪物の影を、沈みゆく太陽が際立たせた――違う、太陽ではない。光、恐ろしい光、どんな世界でも見たことのないような。裂け目が開き、ナヒリの壁を割った。この世のものでない同じ光を輝かせながら。ナヒリはその裂け目を閉じようと集中したが、何も起こらなかった。
それは地面のひび割れではなかった。世界のひび割れだった。
次元そのものが引き裂かれつつあった。
「あれ、何?」リアンが声をあげた。顔を血で濡らしながらも、彼女はまだ剣をその手にして立っていた。
「あれは」ソリンのその声は、奇妙なほどに穏やかだった。「終焉だ」
その光は見つめていられないほどに強くなった。かすかに、まるで遥か遠くから聞こえるかのように、ふたりが数週間守り続けた人々が叫び、そして叫びを止め、拭い去られた。大地そのものがほどけはじめると、ナヒリは身体が浮かび上がるのを感じた。
All Is Dust | Art by Jason Felix |
「ナヒリ!」ソリンの声が聞こえた。「終わりだ!」
傍らでソリンの姿が閃き、無へと消えた。ナヒリはリアンの腕を掴もうとしたが、少女は影に奪い去られて光の中に消滅した。持っていた剣だけがまだそこに、まばゆい光の中に浮かんでいた。
無言で自らを罵りながら、ナヒリはその剣を掴み、世界を後にした。
ゼンディカー。故郷。
それは彼らが合流場所として示し合わせていた地だった。他のプレインズウォーカーが誰も邪魔することのない安全な場所。この世界はナヒリの保護下にあった。
ソリンは合流場所としてイニストラードを提案しなかった。あの怪物たちの追跡を恐れてのことと思われた。ソリンはとても用心深いが、歳を経たなら当然そうなるのかもしれない。彼は少なくとも一千歳であり、ナヒリは時折、若かりし頃のあの男を知るものがいるとしたらどんな存在だろうと疑問に思っていた。
ここはアクーム大陸。その岩だらけの高地、コーの一時的な居住地の隅にふたりは黙って座していた。休息をとり、マナとの繋がりを回復しながら。ソリンがあの終焉についてほんの少しでも悲嘆を感じていたとしても、その表情には何も見せてはいなかった。ナヒリは剣を握りしめた。今や死した世界の、最後の痕跡を。
Mountain | Art by John Avon |
「ナヒリ」ソリンが言った。「客が来るぞ」
彼女もそれを感じた。宙に、圧迫感のようなものを。それは何かが霊気の中から現れることを意味する。心臓の鼓動が高鳴り、彼女は立ち上がった。
「まさか――」
「違う、そこまで大きくはない。大きくはあるがな」
そして、それは現れた。巨大な、青白い光に輝く希薄なドラゴン。二本の平らな角が頭部を囲むように、後頭部へと向かって伸びていた。身体からは霞が湧き出しており、長い翼がそのすらりとした身体の背後で優雅に畳まれていた。身体はとても大きく、体長は優に四十フィート程。だがふたりからは少し離れて現れた。そのドラゴンの物腰のすべてが平穏な意図を語っていたが、それでもなおナヒリは剣を抜いた。
「気付いたであろう」その輝くドラゴンは言った。「我らには厄介な問題があると」
「龍よ、『我ら』ではない」ソリンは立ち上がって言った。「私たちと、君だ。そしてゼンディカーは彼女の保護下にある」
「久しいな、イニストラードのソリン。そして何を言うか。この件については『我ら』とはあらゆる者、あらゆる場所を意味するのだ」
ドラゴンはその巨大な頭部をナヒリへと向けた。
「ナヒリといいます。ゼンディカーを守護しています」彼女はこの新顔の謎めいた瞳を見上げ、怖れを示さないように努めた。「貴方が何者であろうと、私の黙認のもとにここにいることをお知りおき下さい」
「無論」ドラゴンは頭を下げて言った。「お初にお目にかかる、ゼンディカーのナヒリ殿。そして厚遇に感謝するものである」
そしてドラゴンはソリンへと向き直った
ソリンは更に顔をしかめた。
「ナヒリ、こちらはウギンだ。精霊龍と呼ばれている。時と同じほどに古く、それゆえ実に議論好きだ」
私の知ってる誰かさんみたい――ナヒリはそう思った。
「お二方は知り合い同士のようですが」ナヒリが言った。
「過去、我らは共に、友好的に行動していてな」ウギンが答えた。
「最近ではないな」ソリンが言った。「ウギン、君が求めるのは何だ?」
「おぬしの助力を」
ドラゴンは片手を挙げ、小さくぼんやりとした映像を呼び出した。それは、自分たちがあの破滅した世界の地平線に見た巨大なものだった。
「私たちをご覧になられていたのですか」実感とともに、ナヒリは言った。「そして、助けて下さらなかったと」
「助けるべきは、多元宇宙すべての人々だ」ウギンが言った。「そしてその方法も数多く存在する。おぬしらが壮大な戦いを繰り広げようとしていた間、我は観察し学んでいた。そして非常に長期間に渡ってあれらを止めることは可能であるとわかった。それこそが、我ら三人が共有すべき目的である」
「それは私の目的です」ナヒリが言った。「ですが、ひとつの世界が破壊されるというのに、それを調査計画の名のもとに眺めていたというのは……道徳的に正しいと言えるかは疑問です」
「奴らについて何がわかったのだ?」ナヒリを無視してソリンは尋ねた。
素敵じゃない。大人同士の話。以前、他のプレインズウォーカーたちとの会合の際にも、ソリンは同じことをしていた。だがナヒリは大体においてソリンの判断を信用していた。ここはドラゴンの言葉を聞くべきだろう。
「奴らはエルドラージと呼ばれておる」ウギンは言った。「そして世界そのものを貪り食らう。あれらは真のプレインズウォーカーではないが、次元の間を自由に移動する。生ける有機体であり、見たところ久遠の闇生まれだ――そこに存在できると知られているのはそのような生物だけだ。もし止めることが叶わぬなら、あらゆる世界の脅威となろう」
「全ての世界を脅かすことなどできない。多元宇宙に果てはないのだから」ソリンが言った。
「心にもないことを言うでない。世界が無限にあるとしたら、何故それらを救う? ただ、エルドラージよりも先の世界へと移動すれば良いだけのこと。そうではない。多元宇宙に果てはないが、その中身は有限だ。そうではないと信じることは、何も問題などないと信じるに等しい。おぬしも我ほどに年老いたならば実感するはずだ、虚無主義という耽溺に浸る余裕などないのだと」
ソリンは顔をしかめたが、何も言わなかった。もしかしたら彼は年齢とともに得てきたという知恵のすべてを、本当に信じていたのかもしれない。
ナヒリは尋ねた。「では、あれらを止めるにはどうすれば?」
「進退窮するのはそこだ」ウギンが答えた。「あれらは久遠の生物。おぬしが見た、あの次元を蹂躙する姿は、生ける霊気の影を三次元空間へと投影したものだ」
ナヒリは生ける霊気というものを思い描こうとしたが、彼女の心の目が見たのは、太陽をぬぐい去ったものだけだった。それでも、十分に実体を持って見えた。
「その問題ゆえに」ウギンは続けた。「あれらと久遠の闇で対峙したとしても、我らはその空間においてかろうじて生存できるに過ぎず、対するあれらは全力ということになる。そしてもしも、あれらの物理的延長のみを打倒したとしても――あれらそのものを打倒したことを意味はしない、おぬしらが見てきた通りに――何も成し遂げたことにはならぬ。あれらの真の姿は霊気の内に棲まうがゆえに」
ソリンが言った。「奴らを滅する方法を探し出さなければ」
「それは不可能かもしれぬ」ウギンが答えた。「そして、賢明な対処法ではないのは明白だ」
「沢山の世界が死につつあるのに」ナヒリは剣の柄に手を触れた。「あんなものを生かしておくなんて、それが知恵ある者の分別ですか?」
「あれらが何者であるかを知っているのかね、ゼンディカーのナヒリ殿?」ドラゴンはその巨大な頭部を低く下げ、彼女と目を合わせた。「あれらが何らかの見えざる生態系の内に存在するとしたら。あれらが滅せられたなら何が起こるのか。あれらは死すべき存在であるのか。おぬしが『道徳的に正しい』と思うものは、おぬしの理解が及ばぬ存在にまで適用されるのか――これらの質問のどれかに返答できるのかね?」
彼はソリンを凝視した。
「そしてソリンよ、おぬしは誰よりも均衡の必要性を理解しておる」
その意見はナヒリを辛辣に打った。だが彼女はソリンの過去について、確かなことを言えるほど知ってはいなかった。
「君は仮定の中で喋っている」ソリンは言った。「もし君の世界が危険にさらされたとしても、それでもなお君がそこまで殊勝ぶって注意を促すとは思えない」
その言葉もまた辛辣だった。そしてウギンは自分の故郷の世界の名を言っていないのだ。
「何か考えがあるんですか?」ナヒリが尋ねた。「あれらを倒すのではなく止めたいのですよね。何か計画をお持ちのはずです」
「あれらを封じ込めることはできる」ウギンはそう言い、先程とは別の幻影を作り出した。それは何千もの結節と何百もの緩やかな曲線で構成された、ありえないほどに複雑な網状の繋がりだった。「あれらの物理的形態を錨として用い、ひとつの次元に縛りつける。そして強制的に休眠状態にする。あれらを殺すこととは異なり、実際に機能する見込みだ。そして更なる世界を滅ぼさせることなく、奴らについて学ぶ時間を得られるであろう」
「あれを全部封じ込めることができるとお考えなのですか?」ナヒリが尋ねた。
「いかにも。三体すべてを」
「三体?」ソリンが割り込んで言った。「龍よ、観察帳を書き直すことだな。私たちは数千という数と戦った」
「おぬしらが戦ったのは物理的な延長だ」ウギンは半ば透明な手を振りながら言った。「巨大なひとつの身体の、ただの器官に過ぎぬ。真のエルドラージは三体、多元宇宙に放たれておる。それらが消え失せたなら、落とし子どもは萎びて死ぬであろう。身体を失った手足のようにな。我らはそれら三体をひとつの次元におびき寄せ、そこに封じ込める」
「その次元は犠牲となるのか?」ソリンが尋ねた。
「間違いなく、その危険はあろう」ウギンは答えた。「だが我らがエルドラージを封じることは、それらを停滞状態に留めることを意味する。成功したならば、あれらを封じる世界は傷つくかもしれぬが、破壊されはせぬ。失敗したならば、そう、滅びる。だが試みなければどのみち滅びるのだ」
「では、貴方はどの次元を……その危険にさらそうと?」ナヒリは尋ねた。
ウギンは周囲を見渡した。角の生えたその頭部が岩だらけのアクームの風景を大きくかすめた。
Mountain | Art by Véronique Meignaud |
「広大なものがよい」ドラゴンは言った。「マナが豊富。人口は希薄。できることならば、我らの計画の基地を容易く築くことのできる場所があればなおよい。別のプレインズウォーカーの保護下にない世界であり、何処かで我らのうちひとりがエルドラージのまどろみを監視し続けられる地がよい」
あるのだ。それは不愉快な真実。結局のところ、正しいことを成そうというこの話は……
「イニストラードはその条件に合致しないな」ソリンが言った。「君の故郷はどうなのだ? 何処なのかはともかく」
「適してはおらぬ」ウギンは答えた。「そのような次元を捜すことは可能だが、時を要する。時、すなわち更に多くの世界の死を意味する。直ちに始めるべきであろう」
古のプレインズウォーカーがふたり、ナヒリへと向き直った。ウギンは平然としていた。ソリンは猫が獲物にこっそりと迫るように、その輝く橙色の瞳でゆっくりと瞬きをした。
彼女は剣を握り締めた。あの破壊された世界の大地から引き抜いた、石鍛冶の剣を。
「駄目です」
「ナヒリ……」ソリンの声色は、親が子供をたしなめる時のそれのように響いた。「見ただろう、奴らがあの世界をどうしたかを。あれが再び起こるのを君は防ぐことができる。ウギンの言葉を聞いただろう、成功したなら、ゼンディカーは生き伸びるのだ」
「危険にさらされて、傷ついて。この世界の人々を脅かす。私にその選択をする権利があるというのですか?」
「選択をしない権利はあるのかね?」ウギンが尋ねた。「わかるかね。ひとつの世界を危険にさらすことで他のすべてを守るのだ。そのひとつを含めたすべての世界が既に危険にある。選択は明白だ」
彼は頭部を低く下げ、ナヒリと目を合わせた。
「おぬしが自らの世界を危険にさらしたくはないというのであれば、我らは時間を取り、必要に適うような別の次元を見つけ出そう。それがプレインズウォーカーによって守られているならば、その守護者を納得させ、協力を求める――必要とあらば力ずくで。守護者がおらぬのであれば、我らはただ、始める」
「だとしたら、私たちがそうする権利はあるんですか」ナヒリは再び尋ねた。「ええ、そうでしょう、ひとつの世界を危険にさらして他を救う。私たちがあのエルドラージを止められるのであれば、それは……そうするべき、なのかもしれません。けれど、どの世界にその重荷を負わせるのかという選択は、私たちがその選択をする権利は、あるんですか」
「ならばどうする?」ソリンが尋ねた。「投票でもしようというのか?」
「だからこそ、我はゼンディカーを選んだ」ウギンは落ち着いて言った。「何故なら、そこには守護者がいるゆえに。守護者という運命をその手に選んだ者がいるゆえに。正しき物事を行える者がいるゆえに」
「では、もし私が拒否したなら? 力づくで『説得する』のですか?」
「無理強いはせぬ。何故なら、おぬしの助力が必要でもあるからだ」
ソリンとナヒリはその輝くドラゴンを見上げた。
「おぬしらは我にない技術を有しておる」ウギンは言った。「そしてこの役目は、いかに強大な者であろうと、独りのプレインズウォーカーが負えるようなものではない。あれらは三体、我らは三人。共にあれば、我らは全てを救うことができるであろう」
ナヒリは膝をつき、地面に手を押し当てた。アクームは火山活動が活発であり、地面は流れるマグマの鼓動に脈打っていた。彼女は更に遠くへと伸ばした。轟くオンドゥ、河が行き交うタジーム、むせかえる硫黄漂うグール・ドラズ。彼女はゼンディカーを、その全てを感じた。だがそこに生きる人々は彼女にとっても謎であり、彼らの足音は生ける大地の鳴動とは対照的に沈黙していた。
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あの世界のひび割れをナヒリは思い出した。何処からともなく白い光が零れ出て、その全てを虚無へと引きずり込んだ。
奴らはいずれこの世界へとやって来る、もし止められなければ。奴らはやって来る、そしてその時、自分の世界を守ることはできないだろう。そしてもし、自分の世界を守るために何処か別の世界に奴らを封じ込めたなら、果たしてそんな自分自身を許すことができるだろうか? 愛する故郷の世界の大気は、永遠に罪深い苦みを抱えることになるだろう。
ゼンディカーは強い世界。長く持ちこたえ、エルドラージを封じることができるだろう。ゼンディカーはその牢獄に、ナヒリは牢番になろう。ひとつの世界とひとりのプレインズウォーカーが、他の全てを守るために、不動となろう。
彼女は立ち上がり、アクームの岩の美しい風景の彼方を見つめた。
「では、何から始めるのですか?」
ウギンの準備は徹底的だった。彼は入念に形作られた力線と魔法の結節のネットワークを用いて、エルドラージを罠にかける手段を作り上げた。彼が必要としていたのは、それを建造する者だった。
ナヒリは建造にとても長けていた。
彼らはほぼ不断の作業に、四十年をかけた。ひとつまたひとつとナヒリは注意深く大地から石を引き出し、形を整えた――面晶体。ウギンが呼んだその名は実に相応しかった。彼女はゼンディカーの空をその石で満たし、ウギンがそれらに龍のルーンを刻んだ。宙に留めるために、そしてエルドラージをこの地に縛りつけるために。
面晶体は罠であり寄せ餌でもあった。血の匂いが鮫を引き寄せるように、脈打つ魔法のエネルギーを放ってエルドラージを引き寄せる。ゆっくりと、重々しく――そしてソリンの報告によれば、道中の別の世界を無視しながら――エルドラージはゼンディカーへと近づいてきていた。
これから到来するものについて、ナヒリは次元の隅々まで伝えた。マーフォークへ、コーへ、人間へ、エルフへ。両棲のサラカーたちは泡立つ深淵の中、来たる怪物的な神について囁き合った。そしてゼンディカーの天使たちは空を巡回した。注意深い目で、面晶体の間を。
Art by Eric Deschamps |
エルドラージが到来した時、ゼンディカーはそれまでのどのような世界よりも身構えていた。
遠くに見える一体の巨大エルドラージですら奇怪な、忌まわしきものだった。それが一度に三体を、近くで見上げるというのは、常軌を逸していた。
ソリンとナヒリが以前目にした一体、ウギンがウラモグと呼んだ巨体は、実のところ三体の中では最小だった。コジレックと呼ばれる巨人は面晶体原の間を縫うように進み、黒曜石の巨大な刃がありえないことにその頭部らしきものの周囲に浮いていた。そしてそれらの上空に、あらゆる意味で見るも恐ろしい、格子状の肉で構成されて手のついた触手が伸びる巨塔、エムラクールが、砕かれた大地を覆うように物憂げに浮いていた。
[Ulamog] [Emrakul] [Kozilek]
ウギンは幽霊火を吐き、エルドラージの落とし子を不可視の炎で焼いた。ソリンは自身の生命吸収の力で落とし子のそれに対抗し、ゼンディカーの生命力の多くを奪われる前にそれらの力を吸い取った。ゼンディカーの人々も巨人の落とし子たちと戦ったが、その猛攻撃が続けば蹂躙されてしまうであろうことは明白だった。
The titans were heedless, mindless, making their inexorable way to the nexus of the hedron network, the source of the call that pulled them here, the eye of the storm.
巨人たちは無頓着で、無知で、面晶体のネットワークの結節へと容赦なく進んだ。それらをこの地に引き寄せた源へ、嵐の目へ。
巨人たちは何も気にせず、何にも関心を持たず、面晶体のネットワークの結節へと容赦なく進んだ。自分たちをこの地に引き寄せた源へ、嵐の目へ。
ナヒリはそれらを待ち受けていた、彼女とソリンが「ウギンの目」と名付けた地下洞窟で。ソリンにとっては、それは嘲りだった。ウギンにとっては、それは矜持だったのかもしれない。彼女にとっては、それは言伝だった――覚えておいて、ドラゴンさん。これは貴方の案だったということを。
マナの奔流があり、そしてソリンとウギンもそこに、彼女とともにいた。大地が震えた。「目」の透明な壁が感応して震え、歌っていた。
「奴らは位置についた」ウギンが言った。
三人のプレインズウォーカーが、その途方もない力を一点に集中させた。他のすべての面晶体へと見えざる力とマナで繋がる結節点、ひとつの石へ。
Perilous Vault | Art by Sam Burley |
この次元の面晶体がひとつ残らず、新たな位置へと移動して輝いた。ネットワークはその最終形態となった。氷雪のセジーリからシルンディ海まで、ゼンディカーは奮闘し、揺れた。
そして終わった。
彼らはその洞窟を、三人のプレインズウォーカーによってのみ開く神秘的な鍵で封じた。そして半ば壊滅した地表へと向かった。
アクームの高地の上、宙に浮かぶ面晶体の網に囲まれて、不気味にそびえるように三体のエルドラージが石と化していた。ナヒリはここの大地を知っていた。それは既に反応を初めており、傷を覆うかさぶたのように巨大なエルドラージの周囲で成長していた。アクームの歯はそれらを飲み込み、そしてゼンディカーの住人たちはこの次元から落とし子を一掃するだろう。荒らされはしたが完全な姿で、ゼンディカーは生き延びた。そして人々は面晶体の影の中で生きることを学ぶのだろう。
「よくやってくれた、ナヒリ」ソリンが言った。「君の業だ。君が捧げたもののお陰だ」
三人はその鍵の強さを試し、巨人たちは厳重に封じられたと確認した。ソリンとウギンは落とし子の掃討を手伝ってくれるだろうか、ナヒリはそうしてくれることを願った。そしてその後、遅かれ早かれ、古きプレインズウォーカーふたりはこの次元を発つのだろう。ナヒリは――そしてエルドラージは――残るのだろう。
彼女は物言わぬ、石と化した三体を見上げた。既に石壁がそれらを取り巻いて這い上がりつつあった。千年もすれば、忘れられてしまうのだろうか。それらがもたらした破壊も伝説へと消えてしまうのだろうか。だがナヒリは忘れはしない、そして世界自身もまた、忘れることはない。
「私たちの業です」彼女はそう答えた。「私の役目は、始まったばかりですから」
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
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