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Magic Story -未踏世界の物語-
月皇の手記
月皇の手記
Colin Kawakami / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年8月13日
イニストラード次元、天使アヴァシンはその忠実なる崇拝者達を導くために帰還し、彼女が封じられていた間にこの次元を統べていた暗黒を押し戻している。次元の怪物達は退却し、教会は再起し、至る所で人類は光の中へと戻ってきた。
だがイニストラードにおいては、全てがこともなしという訳ではない。光の中にさえ、隠されたままにしておくべき秘密が存在する。何よりも、アヴァシン自身についての秘密が......
羽ペンを握って何年にもなる。だが私は今、自分が発見した恐ろしい秘密の内容を、そしてそれをいかにして手に入れたかを記録することを強いられている。私はこの異説によって処刑されるかもしれない。とはいえ私は死を怖れてはいないし、むしろそれは望ましい運命かもしれない。これは間違いなく狂気だ、私がいま封じられている場所が秘める、空虚な真実だ。
私の名はドーヴィッド、かつては薄光の聖戦士であった。子供の城壁での戦闘において重傷を負い、現在は上階の天使の随員を務めている。その戦いについての記憶は断片的でしかない――もう上がらない腕で生ける屍からねじり引きぬいた剣は砕かれていた。倒れながら、自分の血の味を感じた。確実な死を悟った直前の静寂、そして、眩しい光。とうとう、アヴァシン様が御姿を現された。
《希望の天使アヴァシン》 アート:Jason Chan |
私の右腕は見るも無残な状態で、私は負傷兵として聖堂の中庭で、高熱に苦しみながら帆布の天幕の下に横たわっていた。訪れる司祭は毎朝、私がまだ息をしていることを確認してはそのたびに楽観的になっていった。当初、私は動けなかった。だが勝利の叫びが高い石壁に響く中、私は単純に意志をも失っていた。私はここに永遠に横たわったままだと、彼女は私のもとを訪れてはくれないと。
負傷者のうめき声は母親になだめられる赤子の甘え声のようになった。私はあらゆる世話を無感覚に受け、だが彼女の声が耳に届くよりも前に私の中の何かを奮起させた。私は顔を空へと向けた。
白鷺隊の下位の天使一人を従えて、アヴァシン様がそこにおられた。
「そなたは我らに頼もしき奉仕を行ってきました、そして何よりも苦難を被ってきました。ですが我らにはこれからも、そなたが必要なのです。お立ちなさい、薄光のドーヴィッド」 彼女の声に優しさはなかったが、それでも私は慈愛に満たされ、体の重さなど無くなったかのように立ち上がった。
「スレイベン大聖堂の上階は長らく放棄されていました。ですが我らはすぐに戻るでしょう。そなたはただ独りで、かつて禁制とされていたその場所を整えるのです。辞退しますか?」
私はゆっくりと首を横に振り、そして、口を開いた。
「いえ、決してそのような事は致しません。私は貴女様のしもべです、貴女様の仰せのままに」
彼女の、真珠のような瞳は、そのあまりの美しさに見つめることなどできなかった。
「そうですか。こちらはグリタ」 隣の天使が進み出た。アヴァシン様よりも頭ひとつ背は低かったが、それでも私は彼女の顔を見るために顔を上げた。「彼女が道を教えます、そして今後は、我らの命令を伝えることになるでしょう」
そして休止も儀礼もなく、アヴァシン様は飛び立った。静かに、まるで梟のように。グリタは私を興味深そうに眺めた。まるで珍しい、不格好な形の果物を見るように。
「では聖戦士よ、その場所はご存知でしょうか。窓のある高い壁なのですが?」 彼女は翼でそれを示し、私は一度でそれを認識した。高く積まれた、一つのアーチ。「そこでお会いしましょう、上階に入る方法をお教えします」 風が起こり、そして彼女も私の遥か上空へと飛び立った。
《暁の熾天使》 アート:Todd Lockwood |
そして私は随員ドーヴィッドとなった。
その地位が私を聖戦士と教会の他の役職から遠ざけたというのは、奇妙なものだった。私は称賛と同等の羨みを、そして尊敬と同等の不信を得た。私は獄庫の残骸から最初に鋳造された剣を持ち歩き、スレイベンの上階広間を幽霊のように歩いた。一言も大声を発さずに数日を過ごすこともあった。
天使は驚異に満ちた、そして強大な存在だ。けれど彼女らの美の中にいる時、私は最も孤独を感じるのだった。上階にて彼女らは言葉なき言葉で歌った。その声は鐘のようだった。天使の小隊にはそれぞれ異なる、人間の舌で発することは不可能な真言があり、私はその音をしばしば雨の音に取り違えた。
彼女らを崇拝するのは容易い、そして彼女らの力と美がそうさせる。だが彼女らは私達とは違う、わかるだろう、姿形以上にあらゆるものが違うのだ。私達は彼女らにあらゆる称賛を与えるが、彼女らは遥か遠い存在だ。私達がカワウソやミソサザイとは違うという、そのような差よりも。もしかしたら、私達の称賛がそうしているのかもしれない。
私に話してくれるのはグリタだけだった。そして彼女の発言は完璧でありながら、彼女は何か多大な努力をしながら、慎重に話しているのだと私は信じるようになった。彼女は私を好いている、私は愚かにもそう考えた。だが今でさえ私は心のどこかで、それは真実だと信じている。
その最初の日、私はグリタが待つ高い城壁へと続く階段を見つけようと何時間も探した。それは手すりのない切り立った急な階段で、私は彼女を必死で見上げながら、顔には怖れがはっきり出ていたに違いなかった。
「貴方は落ちはしません、ドーヴィッド」 深い茶色をした彼女の瞳は、完全に人間のそれに見えた。「もし落ちたとしても、私が受け止めましょう。こことそこの石に手をかけて進むのです」
私は彼女の指示通りに進み、そして彼女は天使の言葉で何かを呟いた。何かこだまのような、もしくは、瓶の中でコインが回転するような音色だった。煉瓦積みの窓が静かに折り畳まれた。扉が開くように自然な動きだった。
《熾天使の聖域》 アート:David Palumbo |
「聖堂内から上階へと入る方法は沢山あります、そしてその全てが今や貴方を認識した筈です」 私は古い空気を予測したが、それは軽く甘美だった。「まず、水槽を清めるのです。終われば、私はわかります」
私は彼女の命令を了解したと示すべく振り返った、もしかしたら何か感謝の言葉を口ごもりながら。だが彼女は既に飛び立っていた。上昇する前に一度地面へと向かい、そして屋根を越え、去っていった。
獄庫の破片は砕けた後に集められ、その生の銀鉱石は最も名高い月鍛冶達へと分配された。その金属からは剣の一群が鋳造された。グリタは私に、アヴァシン様から聞いた名前の一覧を口述筆記させた。天使達が主催する祝祭にてその名誉に値する者達だった。私達が終えると、グリタは思いついたように加えた。「そしてドーヴィッド、貴方の名も。貴方の名を一番上に」
私のそれは葬送の剣で、アヴァシン様の容貌と翼の彫刻が柄から刃の根元まで伸びていた。その翼の間に剣の銘が彫刻されていた。イオスト。私はそれを一度だけ抜いた。私が出席した式典にて、アヴァシン様がその先端に触れた時に。それは空気のように軽く、河原の石を真二つにしてしまえるほどに鋭かった。だが私は、それを振るうことはあるのだろうかと疑問に思う。私の利き腕はほぼ動かず、そして私自身もここで隠棲しているようなものだから。
《上座の聖戦士》 アート:Chris Rahn |
イオストは私の執務机の上の箱に仕舞われている。だが私の目は、この苦痛の源へと繰り返し逸れる。剣の下にて、今私が記している手記の隣にもう一つ、酷似した、几帳面かつ柔弱な手で書かれたものがある。表紙にはアヴァシン様の首飾りの精巧な装飾が成され、裏には名前が記されている。月皇ミケウス・セカーニ。
上階はよく手入れされていて、天使たちが不在の間にそこに取り憑いていた霊たちは、私が入ると去っていった。水槽は巨大で、それを清めるようにグリタが命令した時、私はその源が何かに塞がれているのだと想像した。そうではなく、私はそれが透明な水で満たされ、内から照らされて輝いているのを見た。まるで月の表面のようだった。
黒衣の男の死体が、水槽に半ば沈んでいた。そして私は自分がここに送り込まれた意味を知った。彼は窒息死させられていたが、腐敗の兆候はなかった。少し以前に殺害されたのだろうが、その後に上階の水にて保存されていたのだ。
彼を冷たい石の上に引き上げた時、私はその本を彼の上着の中から取り上げた。中に何が書かれているのか、著者は誰なのか、そして何故その手記が死者のそこにあったのかを知るよしはなく、私は恐怖で満たされた。何かが阻止されている、何か邪悪な計画が妨害をしている、そして今や私はその証人となっている。
《大天使の霊堂》 アート:John Avon |
私はその死体を地下墓地の奥深く、無名の墓所に封じた。そしてその本を携えて自室へと戻った。
その手記は黄昏の聖戦士のそれとわかる呪文で封じられていた。そして私は月の一周期が過ぎる前に解くことができた。当初、私はそのような秘宝を発見したことに喜んでいた。そして自身に言い聞かせた、その内容を習熟した後にその発見を発表すべきだと。
最初の暴露には驚かなかった。アヴァシン様はデーモンのグリセルブランドと共に獄庫に封じられていた。そしてその間、私達の力は弱まっていた。これはミケウス様と最高位の遺贈者達にのみ知られていた。人々の不安を防ぐために、彼らが隠していた秘密だった。
《獄庫》 アート:Jaime Jones |
だが私を背教へと突き動かしたその続きは、遥かに悪い内容だった。
測り知れないほどに昔のこと。E・マルコフの行った一連の冒涜的行動。彼の、汚れた吸血鬼の血筋を作り出す。シルゲンガーという名のデーモンとともに、彼らは儀式を考案した。生きた人間をその怪物へと変化させ、彼ら自身の兄弟姉妹を食らう。その鍵となる成分は天使の生き血......
......マルコフとその息子達は天使マリクスを研究室に捕え、彼女を瀉血し、不浄なる煎じ薬を用意した。それは我々が今日まで耐え忍ぶ、巡り巡る恐怖と捕食の始まりとなった。
私達が戦うべく訓練されてきた吸血鬼の呪いは、人間自身によって創造されたのだ。私は自分達を高貴な存在だと考えていた、世界の邪悪に対抗し光をもたらす種族なのだと。私達は、守るに値する存在なのだろうか?
《ファルケンラスの貴族》 アート:Slawomir Maniak |
私は怖れながらも、ミケウス様が隠していた教会の秘密の奥深くへと降りていった。これから知るであろう欺瞞の巨大さを知っていたならば、読み進めるのを止めていただろうか?
人間の戦いに勝ち目は無かった。単純に、吸血鬼達はあまりに強く、そして世代を重ねるごとに倍増し、彼らの数は人間を上回った。
吸血鬼が勝つごとに彼らは人類の生命を奪い、人類は弱らせられた。であるのに我々自身の勝利は我々両方にとっての勝利だった。この戦争は人間と吸血鬼の戦争ではない。私達は吸血鬼自身の飢えという、共通の敵に対する同盟なのだった。
無慈悲な釣り合い。我々の救済はマルコフ家から生まれた。S・マルコフ、あまりに古く強大な彼は今日に至ってさえ生存している。我らの絶滅と彼らのそれが冷酷にも繋がっていることを察し、ソリンはアヴァシンを創造した。我々の残った天使達を奮い起こす力、我々がその下に結束できる力を。
《イニストラードの君主、ソリン》 アート:Chase Stone |
彼女を創造したその吸血鬼本人達を監視する力。
そこから、教会が興された。我々に力を与え、守り、数を増やすための。だが我々に勝利をもたらす、我らを食らうその怪物に対抗するには十分ではない力を......
私達は家畜なのだ。私達はこの文明に、無意識に参加させられている。
私が人生を捧げてきた教会は、生まれた時より敬愛していた存在は、私の世界の境界線は、全て悪意に満ちた嘘だったのだ。
この世界は何と奇妙で、何と残酷なのだろう。
《守護天使アヴァシン》 アート:Winona Nelson |
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