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Magic Story -未踏世界の物語-
歯車仕掛けのように
歯車仕掛けのように
Matt Knicl / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年5月28日
高層パリアノ学院上級顧問委員会
グリナルディ学長の要請により開催
列席者
グリナルディ学長
アレンディス副学長
エムレイラ教授
フィマーレル教授
ムッツィオ教授
トゥランドゥ教授欠席者
レグネス教授(研究休暇)
議題
ムッツィオ教授からの提議:アレンディス副学長の引退に伴い、ムッツィオ教授を副学長に選出する
投票 賛成1、反対5
結果:提議否決グリナルディ学長からの提議:アレンディス副学長の引退に伴い、トゥランドゥ教授を副学長に選出する
投票 賛成4、反対1、棄権1
結果:提議可決
「彼は怒っていたと思いますか?」 学院の控えの間へと入り、その老いた教授は同僚へと尋ねた。
「いや、トゥランドゥ。もちろん、怒ってなどいないだろう」 学長は返答した。「ムッツィオは実地畑の男だ。投票の時、彼は何の感情も見せなかった。断言しよう、彼は機械も同然だ」
「学長、貴方は彼に名声を与え損ないました。彼の発明品は我らの社会に大変革を起こしています。我々は今や様々な形で、彼の発明品に頼っています」
「ああ、それは勿論だ」 学長は答えた。「だからこそ我々は彼を必要とするのだよ、机の背後ではなく工房の中に」
教授は、誰もいない大理石張りの控えの間を見渡した。時は夜、周囲に人影なし、だがそれでも教授は、精一杯声を落とすのが賢明だとわきまえていた。
「彼についての噂を聞いた、そう受け取ってよろしいですか?」
学長は笑った。
「言うな。彼は黒薔薇団の工作員だとか? それとも、あの落第者シドリの後援者だとか?」
「彼がダレッティを殺したのはほぼ確実です」
「もし彼の仕業だとしても、彼は私達の側にいる」 学長は言った。彼は即座に自身の発言を後悔した。その夜遅くまで続いた会議に、彼の苛立ちは高まっていた。「こんなお喋りはもう終わりだ。問題は解決した」
教授は学長へと頷き、二人はともに別方向へと去った。
ムッツィオにとって、問題は解決からはほど遠かった。彼は同僚には秘密の工房にて、完成半ば、修理半ばの装置に囲まれて座っていた。本や部品が散らかった中、ムッツィオは熟考していた。彼は副学長に選ばれなかった、そのことは何ヶ月もの精密な計画を変えてしまった。
〈先見的設計家、ムッツィオ〉 アート:Volkan Baga |
怒りにまかせて計画や覚え書きを丸めて捨てる同期生達とは異なり、ムッツィオはそういった全てをきちんと折り曲げることなく平らに、そして整理して片付けていた。これらが再び必要となるかどうかはわからないが、彼はそう考えた。彼の心は何百もの筋書きと、これから起こる出来事の青写真ではやった。考えながら動く必要があった。
会議の後、彼は弟子イーリエを呼び出していた。低層出身の若者、イーリエに学院へ入学するだけの金はなかったが、ムッツィオはその少年の内に可能性を見出し、彼を弟子とした。イーリエは工房を綺麗に保ち、見返りとしてムッツィオは授業を受けさせる。それを得るために家の富を費やす他の者と同じ授業を――たとえ、その少年は時間のほとんどを部品や大図書館の本の回収に費やしているとしても。ムッツィオはイーリエを教育してまだ数ヶ月だったが、授業の速度を上げる必要性を感じていた。
息を切らして、イーリエは工房へと続く階段を上ってきた。
〈反復分析〉 アート:Winona Nelson |
「すみません、先生」 イーリエは大慌てで言った。「できる限り急いで来たのですが」
「私が思ったのと同じくらいに君は急いでやって来たよ」 ムッツィオは答え、机から立ち上がった。「私が君に不便をかけているのだ、謝ることはない」
ムッツィオは多くの散らかった本棚の一つへと向かった。その上には彼の歩哨機械の試作品の一つ、その頭部が置かれていた。彼はそのままの位置で歩哨の頭部を反時計周りに回転させ、すると本棚が床板まで下がり、下方へと伸びる大理石の螺旋階段が現れた。イーリエは驚いたふりをした。彼は弟子入りして二日目に既にその秘密の入り口を見つけていた。ムッツィオは弟子がその発見をしていたこと、彼が驚いたふりをしていることを知っていた。イーリエは以前にその階段を下っていったことを師は知っているだろうと思ったが、二人はともに、無視のゲームを遊んでいた。
二人は明るく照らされた階段を下り、そして大きな部屋に入った。そこでは機械仕掛けの構築物が百体以上、列をなして立っていた。部屋の手前側、二人が立つそこが、ムッツィオの真の工房だった――まるで医師が患者を手当てするように、ムッツィオがその創造物を世話する大きな机。そして仕事場には、様々な部品が慎重に散りばめられるように置かれていた。
その部屋の目玉は、様々な機械と鉄の軍勢ののうなる雑音に囲まれた、パリアノの縮小模型だった。高層と低層の両方の都市からなるそれが、驚くべき精巧さで複製されていた。都市の模型は部屋のほぼ三分の一を占領していた。イーリエは何時間もかけてその正確さを綿密に調べたが、その設計の中に不備を見つけることはできなかった。現実と同じように、高層都市は低層の上にそびえ立っていた。コールー河は低層都市を貫いて塗られ、あらゆる湾曲部が再現されていた。家々そのものは現実のように複雑ではなかったが、宮殿や学院といった重要な施設には装飾がなされ、繊細に色が塗られていた。
その上では、天井に取り付けられた歯車仕掛けの装置が模造の月を動かしており、それは日中には明るい光に変わって現実の時間と同じように偽物の都市の上を旅する。雨天の時には、その装置は雲を模した綿の房を天井の起動に沿って走らせることにイーリエは気付いた。その都市に人々の姿はなかったが、それは師匠がいかにその模型を好んでいるかの現れだとイーリエは推測した。
ムッツィオは既に機械の兵士で作業を始めていた。イーリエは精一杯、その場所を初めて見たふりをした。
「イーリエ、君は誰かを殺したことはあるかい?」 その構築物の歯車を取り替えながら、ムッツィオは穏やかに尋ねた。
〈ムッツィオの準備〉 アート:Karl Kopinski |
「いえ、もちろん、ありません。先生」 少年は返答した。
「私は誰かを殺したことがある、そう思うかい?」
イーリエはその質問に呆気にとられ、そして有意義な返答をしようとしたが、「はい」としか言えなかった。
何の感情も見せず、ムッツィオは返した。「残念だ。君は私のことをもっと考えて欲しかったのだが」
「申し訳ございません、先生、私は、ただ......噂を」
「パリアノで人の言葉を信じてはいけないよ、私の口から出たもの以外をね」 ムッツィオはその構築物の別の部位から装甲を取り外し、露出させた内部へと拡大鏡と小さな道具を入れた。「そう、私は誇りを持って言える。誰も殺したことなどないし、殺す必要があったこともない。少なくとも今までは」
「よかったです、先生」 イーリエは言った。
ムッツィオは背中を丸めたまま顔だけを上げて、拡大鏡越しに彼をじっと見た。「私を怖がることはない」
イーリエは頷いた。
「今日、我らが都市で働く機械仕掛け達は、皆私から作られたと知っている。私は自慢したいのではなく、ただ見せたいのだよ。私は広大な知性を持つだけではなく、それをより善きことのためにいかにして用いるかを知っていると。パリアノのあらゆる構築物は私の設計で、もしくは私の設計から作られている。それらを動かす魔法は様々な源から来ているかもしれないが、装置そのものは私に忠誠を誓っているんだ」
「つまり、それらを支配できるという事ですか?」 イーリエは尋ねた。
「そうだ。だがそんなことをする必要はない。私の大設計に対するあらゆる障害には、とても単純で、非暴力的な解決策がある。情報だ。機械全ての中に、一連の針が仕込まれている。それは蝋のシリンダーに、彼らが聞いたもの全てを記録するためだ。そして彼らはこっそりと、それを私の所に持ってきてくれる。誰もいないと思う時、人々が何を話しているかを知ったなら、君は驚くだろうね」
イーリエは、まるで以前からそう知っていたように思った。
「人々は行き交う、だがあらゆる街角で、そして今やほぼあらゆる店で、私の構築物が何かしら役に立っている。私が創造したものが皆のために記録を綴じ、金を数えている」
「でしたら、先生の『大設計』は、人々を機械で置き換えることですか?」 イーリエは尋ねた。「先生の未来視の中に、人はいないのですか?」
〈取引仲介機〉 アート:Cliff Childs |
ムッツィオは声をあげて笑い、イーリエは狼狽した。
「そんなわけないに決まっているじゃないか! 私は何もかも、人々のために行っている。生活を良くするために」
「ですが、先生が都市を描写される様子を見ていますと、まるで全てが時計のように動くことを望んでおられるのではと思います」
「それはいい目標だ」 ムッツィオは答えた。「しかし、無謀だ。機械仕掛けの完璧さを纏おうと願っても、人の移り気は常にあらゆる計画を投げ捨てる。私は、素晴らしい場所に赴いたことがあるという者達に会ったことがある。彼らは古の、敵対する工匠達について語り、完全な世界を創造したいと願っている。機械の完璧さが有機の生命力と密接に混じり合った土地の噂すらある。私はここが、いつかそのような場所にようになればと願う。私は変化を軽減しなければならない、できる限り、社会を前進させる助けとなるために」
ムッツィオは構築物のパネルを閉じた。
「真の工匠というのは」 彼は続けた。「一つの創造物から離れて、それが自ら機能し、続いていくことを知る。だが離れても大丈夫だとわかるまで、私は修理し、全てを保つ、それが必要とされるように。私は部品を作るのではなく、ただ組みたてるだけなのだよ」
その構築物は落ち着かない様子で身体を揺すり、手足を動かし始めた。それはテーブルから飛び降りると、他の兵の群れの中、空いた場所へと向かっていった。
「私が管理する必要はないんだ」 ムッツィオは続けた。彼は背後の机に手をついて、兵達を惚れ惚れと眺めた。「副学長の座は、計画の次の段階へと動くために必要な自主性と権力を私にくれるだろう。私は副学長には選ばれなかった。私の推定からは、たやすく手に入れられると思っていたけどね。私が予期できなかったのは、ブレイゴ陛下の死と見せかけの昇天だ。それによって彼らはより慎重に投票した」
「どんな計画をなさっているのですか?」 イーリエは尋ねた。「私はそのために、何をすれば良いですか?」
「見て、聞いて、学ぶことだ」 ムッツィオは答えた。「何といっても、君は私の生徒なのだからな」
〈歯車式司書〉 アート:Dan Scott |
それから数日をかけて、ムッツィオの構築物達は新たな命令を受け取った。
エムレイラ教授は、自分の貯金が銀行に記録されていないことを知った。重役は彼女に自信をもって言った、金庫に入った生きた魂はなく、入ることができたものもいないと。その重役の背後では、何体もの機械が硬貨を数えていた。箒や踏みすきのように何の邪悪さもなく、硬貨を山から山へと動かしていた。事務的な過失だとエムレイラは理解したが、彼女はまた、サントゥオ地区にある彼女の地所の貸家――配達機械を置いていた――への最新の支払いが成されていなかったことに気が付いた。彼女は状況を整理しようとしたが、すぐに人的過失のためだとわかった。その家は彼女の正確な名前で登録されておらず、彼女は立ち退かせられていた。簿記機械の瓶のインクはまだ乾いてすらいなかった。
トゥランドゥ教授は、路上で理由もなく機械が襲ってくるのではと怖れていた。彼は一度も機械を手に入れたことはなく、家にも置いていなかった。彼は神経質に窓の外を見て、夜もろくに眠ることができなかった。怖がることなどない、ムッツィオは道理をわきまえた男だ。噂は噂でしかない。彼は自身に言い聞かせた。ある早朝、朝食の席に向かった時には、彼はほとんど自身の恐れにやられてしまっていた。彼の食事を準備する使用人達はまだ現れていなかったが、普段ならば食事が置かれる場所に、書類が積み重ねられていた。その書類には、いかにしてトゥランドゥが学院の金を着服したかを極めて徹底的に記されていた。私腹を肥やすための、密輸人エルヴォス・トラックスとの秘かな取引までもが公開されていた。書類は署名入りで、うち一枚は彼の逮捕と契約終了を告げるものだった。トゥランドゥはこれらの罪については無実だったが、それが意味するところは明白だった。彼は一時間と経たずに辞職した。
グリナルディ学長の金は無事だった。彼は財産を改竄されることも、不条理に濡れ衣を着せられることも、脅迫状を受け取ることもなかった。彼は不倫をしており、そしてある機械がこの情報を収集していた。詳細が記録された記名のない封筒が学長宅の外にあり、彼の妻が発見した。学長は自分の人生を立て直すためにその地位から去らざるを得なかった。
方程式は同じまま、だが変数は異なっていた。
議題
ムッツィオ教授からの提議:アレンディス氏の学長就任に伴い、ムッツィオ教授を副学長に選出する
投票 賛成1、反対0、棄権3
結果:提議持ち越し高層パリアノ学院上級顧問委員会
アレンディス副学長の要請により開催
列席者
アレンディス副学長
フィマーレル教授
ムッツィオ教授
レグネス教授欠席者
グリナルディ学長(辞任)
エムレイラ教授(研究休暇)
トゥランドゥ教授(辞任)議題
ムッツィオ教授からの提議:アレンディス氏の学長就任に伴い、ムッツィオ教授を副学長に選出する
投票 賛成1、反対0、棄権3
結果:提議持ち越し
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