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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

『夢』の姿を築く者 その2

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『夢』の姿を築く者 その2

Ken Troop / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年12月4日


(その1はこちら


 愛する君へ――

 私は最も酷い悪夢が真実となるのを見ながら生きてきた。いや違う、真実ではない......君とラーラは今も生きている。まだ希望はある。

 まだ希望はある。

 今日は私達が協定に署名するためにレオニンと対面した日だ。我らが民と、長い間私達を悩ませ痛めつけてきたあの獰猛な獣人との間の休戦協定のために。

 今日はイレティスの王国が破滅の危機に瀕することになった日だ。

 私達は正午近くに、イレティスとレオニンの部族の土地のどちらからも遠く離れ、両勢力が据えた東屋にて対面した。ウダイエンは両勢力がどれだけ多くの軍勢を連れて行くことを許可するかの詳細について、そして式典をどのように進めるかについて、数週間もの間交渉してきた。

 ウダイエンと私は護衛を二人、チェルタとヴァニンを伴って卓についていた。私達とともにレオニンの部族長達が六人いた。とはいえ彼らの年齢はその傷跡の数から推測するしかなかった。彼らは全員が戦士であり、私達の護衛を軽蔑のまなざしで見ていた。


統率の取れた突撃》 アート:John Severin Brassell

 戦いの興奮の中で猫どもと戦うのは一事だが、獰猛な獣達である彼らと至近距離にて対面するというのは怖気づくものだった。背は高く、大きく、最も頑丈な人間の男よりも逞しく、人間を喉から腹まで切り裂いてしまえるような鉤爪、指ほどもある尖った歯。彼らの悪臭は署名の卓の周囲だけに留まってはいなかった。真に、私はその時思った、これほど恐ろしい生物は稀だと。

 もし今日の時間を戻すことができたなら、私は無知というのがどれほどありがたいものかを知るだろう。

 そこには険悪な風も、暗い先触れも、君が信じているかもしれない物語のような予感もなかった――一瞬で、私達は平和を創造することから離れて争いの中に生きた。一瞬で、私達の中に悪夢が現れた。

 全身を金属に包まれた背の高い人間が現れた。その身体の至る所に刺と鋭い刃がついていた。金属質の姿は流れるように簡単に、その拳を一体のレオニンへと向けて振るった。その猫の頭部は弾けて血と骨が吹き飛んだ。緑の霧に包まれた別の人間が現れた。その手と舌からは蜂蜜が長くしたたっていた。彼は一体のレオニンへ寄ると、蜂蜜と毒の霧を吹き付けた。その猫は甘い霧に息を詰まらせ、空気を求めて死んだ。

 虐殺されたのは猫達だけではなかった。私の目の前に、トロスの言っていた双頭の巨猫が現れた。腕は四本、子供の悪夢の猫が姿を得たようだった。その獣が私の目の前で咆哮とともに腕を振り上げるその瞬間、私は自分がトロスを信じなかったために彼をどのように殺したかを思い出していた。チェルタは私を押しやり、その怪物の胸に剣を突き刺した。剣は貫通したが、怪物は気にもしない様子でチェルタの頭部をその逞しい腕二本でえぐった。彼の頭部は身体の上にとどまったが、その顔のほとんどは無くなり、彼は地面に倒れて動かなくなった。彼は絶叫することすらしなかった。そして怪物はチェルタの剣をまだその身体に刺したまま、他の人間を探しに東屋を去った。

 背後で唸り声が聞こえた。振り向くと暗い黒雲が、だいたい人間の背ほどの高さに地面から数インチ浮かんでいた。その雲の中には金色に輝く一対の猫の目があった。ヴァニンはこの新たな脅威へと直ちに向かった。ウダイエンは私達両方に逃げるよう叫んだが、ヴァニンはその中にいる何者かを殺すべく雲へと突撃した。暗闇から鉤爪の手が一本現れてヴァニンの肩を掴み、雲の中へと引きずりこんだ。ヴァニンは絶叫し、何かを食らい噛む音が聞こえてきた。雲は何も残さなかった、ヴァニンの残骸さえも。その恐ろしい黄金の目が一度私を見ると、雲は逆の方向へと移動し、東屋の外の人間達、兵士達を殺しては飲み込んでいった。


食餌の時間》 アート:Wayne Reynolds

 私はありえない出来事全てを思い出そうと努め、こうして全ての詳細を書き記してはいるが、私は見たものをとても信じることができない。だが私は見たのだ。最悪の夢が私達を虐殺すべくやって来たのだった。ウダイエンと私は恐怖に互いを見て、そして共に平和を目指してきた者達が血と暴力の中に瞬く間に消えたのを見た。私はまだ衝撃のうちにあったが、それでも一人の戦士であり、王だった、私はチェルタの死体へとかがみ、怪物達と戦うために槍の一本を掴んだ。

 虐殺は怪物達が始めたことだったが、それを終わらせたいと願ったのは猫と人間の両方だった。その悪夢は何の合図もなく現れたが、そこかしこで人間と猫が殺し合っていた。相手は裏切るつもりだったのだと両方が考えていた。私はそこに立ちつくし、脚は地面に根を張ったように動けず、神々への祈りは言葉なく、心は動くことを、決断することを拒否していた。私は大切に思うほぼすべての者の死を見届けていた。

 絶叫とともに、私は槍を一体の猫へと放った。悪夢の餌食とならなかった数少ないレオニンの長老の一体へと。

 そいつは悪夢ではなく私の槍に倒れた。数分のうちに戦いは終わった。数体の猫が落ちのびようとするのを、私達だけが残って見ていた。追いかけ、殺戮を完了しようという気は私達にはなかった。私の軍勢からはウダイエンと私を含め、十二人だけが生き残った。ウダイエンは卓の下に隠れおおせ、幸運にも死を免れた。当初の頭数から考えるに何故私達がこれほど簡単に勝てたのかわからない。もしかしたらあの悪夢達は消え去る前にかなり多くの猫を殺したのかもしれない。

 間違いなくこれは何かの神の仕業なのだろう。モーギスか、もしかしたらフィナックスか。だが私は信心深い王であり、祈りと供物をヘリオッド、エファラ、イロアスへと捧げてきた。ウダイエンは何か他の悪意ある力の仕業ではと考えたが、それが何なのかはわからないと認めた。何の仕業かはともかく、イレティスは真に暗き日々に直面している。広範囲のレオニンの部族が既に軍を集め、戦争へと進軍しているという報告を受け取ったとウダイエンは言ってきた。その数は数千に及び、とりわけ拡張論者達の助力無しには私の軍勢よりも遥かに勝ると彼らは報告してきた。猫どもの目的はおそらく、イレティスとその民の、私の民の絶滅だ。

 そして今私はここ、自分の玉座の間にてこの手紙を書いている。この二時間そうしてきたように。私はメレティス、アクロス、セテッサへと助力を請うために書状を書いた。何か事態を改善できればと、他のレオニンの部族へも書状を書いた。そしてクリテッサ、この手紙を君へと書いている。今夜の私の、最後の手紙だ。君が数日前にメレティスを発ったことは知っている。だが今、この嵐が過ぎるまでは絶対に今いる場所に留まるべきだ。メレティス十二賢への私の言葉に君のも加えてくれ。イレティスはずっとメレティスを妬んでいたが、メレティスはきっとその小さな従弟を地上から死なせはしないだろう。

 愛している。世界は暗く恐ろしいが、私はそこを光と勇気と希望の地へと変えよう。今日はまだ何も定かではないが、私には今も光がある。この揺らめく灯の光は私の上にあって、君へとこれらの言葉を照らす。私にはまだ勇気がある。それは私の胸の中で脈打ち、イレティスが生き伸びるべく抵抗を続けさせてくれる。そして私にはまだ希望がある。君へのこの言葉がその証拠だ。

 すぐに会えるだろう、喜びの中で。

 ケダリックより


 現イレティス王、ケダリック六世殿へ

 我らが神聖なる広間にて頻繁に発せられる議論は、たわむれのような単純な疑問です――「現実」の性質とは何か? 我々はいかにして確かにするのでしょう、目で見たもの、感覚が我らへと告げるものは、事実、共有された真実なのでしょうか? 複数の人々が同じものを見ていたとしても、単に同じ欺きを見ているのではないと誰が言えましょう?

 我らの中には、物質の世界は本質的な真実だと信じる者もいます。そして我らはその本質的な真実を、我らの不完全な知覚というレンズを通して歪めているだけなのだと。無論、究極には、この見方は馬鹿げた観念へと導かれます......話が逸れました。


旅する哲人》 アート:James Ryman

 上に述べたことは何一つ、貴方からの助力の要請に直接関連するものではありません。貴方の書状は現実の性質についての新鮮な議論を一通り提供して下さいました。真に迫っており、議論の余地がありました。ですが我ら全員、貴方の要請を拒否することに同意しました。

 議論の余地が無いものは、貴方の軍勢は平和協定に先立ち、貴方の命令によって何百ものレオニンを殺害したという事実です。我らは貴方が記述した出来事の調査を神託者へと依頼しました。そして殺戮を始めたと貴方が主張する「怪物」の証拠は何ら発見されませんでした。そういった生物についての貴方の記述も、我らの神罰についての知識とは何も一致しませんでした。貴方は偽りを申しているか正気でないか、もしくは新たな恐るべき脅威に面しているかのどちらかと思われます。それはそれ自体がとても魅力的な疑問であり、我らは議論に結構な時間を費やしました。その議題は本日午後に予定されており、我らは多くの議論を重ねましたが、結論にかかわらず、それらの結果からは貴方へと何らかの助力を送る理由を見出せませんでした。

 貴方を打ち破り貴方の暴政を終わらせようとするレオニンを支持すると、我らは正式に宣言します。この時より、貴方の王国が終焉を迎えるまで、メレティスはイレティスとのあらゆる交渉を断絶します。

 メレティス哲人議会、十二賢


 ラーラへ

 君が四歳だった時、夜の間、自分の寝台で寝るのを嫌がったことがあったね。君は起き出して、ばあやの隣をそっと抜けて、そして君の大きな目で護衛を見ると、彼らは間違いなく君を私達の部屋に入れてくれた。その一週間後、私はもう十分だと思って、自分の部屋で寝るように言った。君は嫌がって、私は叱ったね。「自分の部屋に戻りなさい!」と。

 君は私を見上げて、大きな目をもっと大きく見開いて言ったね。「でも、わたしの寝台にはお父さんもお母さんもいないの」 私は何も言わずに私達の寝台に君を連れて行って、君はそれから数週間、「わたしの寝台がいい」と言うまでそこで寝ていた。そして君は自分の部屋に戻り、それから一緒に寝ることはなかった。

 ラーラ、私はその夜のことをよく思い出す。その時の君の姿も。私の大切な思い出だ......君との思い出は、全部とても大切なものだ。愛している、心から。

 お父さんより

 イレティス王、ケダリック


 クリテッサへ

 君へのこの手紙に、ラーラへと向けた手紙を同封してある。どうか読んでやってほしい、そして私がどれほど愛しているのかを伝えてやって欲しい。

 城壁の外に、大規模なレオニン軍が野営をしている。私達の先だっての報告は正しかった。彼らの軍勢は数千に及ぶ。メレティスもアクロスもセテッサも、私達の援護の要請を拒否した。彼らは私が正気でないか、もっと悪い状態だと主張している。

 誰もが私を正気でないと思っていることが、私を狂気に駆り立てる。

 それでもまだ希望はあるとウダイエンは言った、レオニンが立ち止まり彼らの土地へと引き返す可能性はまだあると。私は彼の努力を評価するが、それは問題ではない。

 自分の運命は知っている。

 もし私が自らの命を断ち、それが私の民と王国を救うことになるのであれば、そうするだろう。だが私が怖れるのは、レオニンが復讐として正義を蹂躙する気になるかもしれないということだ。そしてレオニンがその血への飢えを満足するまでには、私の民が払う対価はひどいものになるだろう。

 だからこそ、私はこれからすぐに玉座の間を離れ、宮殿を離れ、城壁を離れ、レオニン達の前に我が身をさらすつもりだ。衛兵も民も、私を止めはしないだろう。彼らはもはや私を見てはくれない。私が通り過ぎると彼らはうつむくだけだ。私とともに戻った十人は今も忠実だが、私達全員が失敗と死の騒動を持ちこんだ。そう、誰も私を止めはしないだろう。

 私のこの力の源は、いつもと同じく、君とラーラの存在だ。君達二人が無事でいること、それが私の気持ちを穏やかにしてくれる。もう一度君を抱きしめることができたら、君に触れることができたら、君の美しい顔を見ることができたらと願っていた。これ以上考えてしまったら、私は決意を失うだろう。

 私は自分の人生を送ってきた。良い人生を。もしかしたら、イレティスはこの惨害から復興できるかもしれない。もしかしたら、私の犠牲から新たな王国が再生するかもしれない。もしかしたらいつの日か、人々は理解するかもしれない、私が行った事全ては永く続く平和のためだったと。もしかしたらいつの日か、その人々は思い出すかもしれない。私の、永遠の遺産、真の遺産は、君と、私達の娘だ。

 扉を叩く者がいる。ウダイエンが知らせを持ってきたのだろう。

 ケダリックより



 フィナックスは人の目に見えぬ姿のままイレティスの玉座の間に立ち、王の死体を見下ろしていた。フィナックスは長い間存在していた、そしてその長い年月の間に、素晴らしいものと恐ろしいものの両方を多く見て、手を下してきた。

 この日まで、彼は自分の両目を突き刺す者というのは見たことがなかった。

 その老人が部屋に入ってきて、王へと、妻と娘がレオニンの手にかかって殺されたと告げた。王は絶叫した。フィナックスは生者の苦悩に満ちた叫びを聞いてきたが、それでもその絶叫は特別な音色だった。完全なる絶望、許しも救いも何もない、稀なる風味。そしてその生者は自身の短剣を抜き、それを自身の目に突き刺した。もう片方の目にも。その生者はしばしの間金切り声を上げていた。フィナックスにとっては実に印象的だった。

 フィナックスは今もそこに立ったままの老人を見た。その姿は波打ちゆらめき始めた。それはゆっくりと姿を消し、老人の幻影があった場所には別の奇妙な姿が、かつてフィナックスが見たことのあるものが現れた。

 現れたのは人間の姿をした生者だった。そのことはフィナックスには確かだった。その姿は地面から数インチ浮かんでおり、テーロスの都市における流行の衣装を滑稽に模した黒衣と革をまとっていた。頭部以外では、その両手は最も興味深いものだった――極めて長く細い指に、更に長い鉤爪――指の爪の代わりに鉤爪があるような。至近距離からフィナックスが見たその手はセイレーンの鉤爪のようだった。フィナックスは彼女ら有翼の誘惑者達を特別気に入っていた。

 だが彼の目の前にあるその姿はセイレーンではなかった。彼の目の前のその姿は、存在することすらありえないだろう。その者の頭部、下半分はありふれた人間のものではあるが、上半分はありえなかった。頬のあたりから生えた二本の大きな角、ごつごつした何か岩のような物質で作られたそれの間には......何もなかった。顔の上半分も、頭も、目も鼻もなかった。その者の口と上唇が終わる所から、か細く黒い煙が絶えず発せられている以外は。黒い煙はその者の頭部の周囲に渦巻いては、身体の外側へとより広い範囲に流れていくのだった。

 初めて会った時、その者はアショクと名乗った。


悪夢の織り手、アショク》 アート:Karla Ortiz

 アショクは王の死体の上に浮かび、王が書いていた二通の手紙を見た。彼、いや、フィナックスはその生者に果たして性別があるのかすらわからなかった、アショクはまるでその手紙を読むかのようにかがんだ。だが目を持たない生者が果たして読むことができるのか、フィナックスにはわからなかった。アショクは読むのを止め、手紙をつまみ上げるとそれらを部屋の暖炉へと持っていった。アショクはその手紙を少しの間火の上にかざしたが、それを止めて戻り、無傷のまま机の上に置いた。アショクが微笑むと、その身体が震えた。アショクの頬の僅かな部分、神の知覚でようやく認められるほど小さな部分が、か細く黒い煙へと蒸発してアショクを包む陰影に加わった。

 フィナックスは人の目に見える姿をとり、彼の声は部屋を震わせた。「その妻と子は、おまえが殺したのか?」 ほとんどの生者は神の声の力に膝をつかずにはいられない。だがアショクはただ浮かんだまま、その顔を神に向けた。

「いや。ええ、多分。彼女らの死は私が作り上げたものです。けれどもし彼女らが今死なずとも、すぐに容易くそうなりますよ。彼女らはメレティスからここに向かっている、その部分は真実です。そして今の旅の状況は」 アショクはもう一度笑った。「困難です。親愛なるフィナックス様、貴方は本当にそれを気にされているんですか?」

 フィナックスは自身が実際、興味を持っていることを実感して驚いた。彼はアショクの企みに感謝していたが、それでもこの無遠慮さは認められるものではなかった。

「警告は一度だけだ、生者よ。我はお前の行いも能力も気にかけることはない。再びその不遜な物言いをした時は、お前の存在そのものを消してやろう」フィナックスの言葉は最後には轟きわたるほどだった。今度はアショクは浮かんだまま後ずさり、卑屈に、適切に頭を下げた。

「無礼をお許し下さい。貴方様の質問を予想していませんでした。それに、私は気付かないうちに見つかることに慣れていないのです。さて、契約条件内での私の仕事は満足されるものだと思うのですが、いかがでしょう?」 アショクの言葉は馴れ馴れしくもなめらかで細やかであり、かつ過剰にお世辞だらけでもなかった。それは優れた詐欺師の証だとフィナックスはよく知っていた。

 だがフィナックスは実に満足していた。彼は長期計画の一部として、蘇りし者のために第三の都市を求めていた。彼は比較的小さな都市国家を必要としていた、強すぎず有名すぎず、彼の類の者の保護下にもないような。そして彼はその都市の滅亡において自らの手を下さない必要があった、神仲間がそれは過度な干渉だとして告発できないように。「イレティス再興はないと決めて良いのか?」

 アショクは笑った。「レオニンの都市の破壊はもう始まっていますよ。奴らの血の狂乱は凄まじく、しばらくは満たされないでしょう。明日まで生きているイレティス市民は一人もいないと愚考します。レオニンは少しの間、都市を占拠するかもしれませんが、そこに留まろうとは思わないでしょう。彼らは元いた丘と平原に戻るでしょう。落伍者や勇敢な冒険家を処理するために、私の作品をいくつか残しておきましょう、この崩壊した地を欲しがる大きな都市はないでしょう。いえ、イレティスは今や貴方様のものです、お望みのままにお使い下さい」

「お前はどうするのだ? 『私が貴方の計画を終えた時にはお呼び下さい』、最初の話が終わった時のお前の言葉だ。お前は仕事を終えた、申し分なくな、生者よ。我は満足だ。どのような我が祝福を望むか?」

 アショクは再び震え、頬のもう数片が煙へと消えた。「私が求めるものは沢山あります、フィナックス様。このテーロスはかように素晴らしい世界で、可能性に満ちています。私は長いこと自分の作品を完璧にしようと追い求めてきました、夢見る者の心から悪夢を引き出してそれを現実とする。ですがここで私は更なるものを作ることができる......悪夢が生命を得るという野望です。ある男の最も暗き恐れの姿をとり、希望と生涯の仕事をまさに破滅させ、そして愛情を抱く全てを生きた悪夢の破壊へと変えられるという時に、単純な作品で何故満足しましょうか? 私はここイレティスで、美しい夢の姿を築いてきました」 アショクは死した王の身体の上に浮かび、膝をついた。アショクは鉤爪の指一本で、その死体の頭から爪先までをなぞり、そしてその指を、台無しになった目へと突き刺された短剣の柄に置いた。

「今日の仕事には満足です......しかし私には成し遂げるべきもっと美しいものがあります」 アショクは立ち上がり、浮かんだままフィナックスへと戻った。「私の望むものですか? 言わせて下さい」

 アショクが近づき囁くと、行われた奉仕を無視してこの生者の命を終わらせようとフィナックスは決心しかけた。だが好奇心をそそられ、彼は自身を抑えてアショクの要望を聞いた。

 そしてフィナックスは驚いた。その日二度目の驚きだった。「正気か、生者よ? これがお前の望むものだと?」

「私を見て下さい、神様。真に見て下さい。何が見えますか?」 そしてフィナックス、嘘と欺瞞の神はアショクの奥深くを覗いた。アショクという生者の精髄まで。フィナックスは笑った。広間に、宮殿に、都市の外までもこだまするような、長く大きな笑い声だった。唸り声を上げるレオニンと残されていたわずかな人間の生き残りはその笑い声を聞き、短い間、流血の惨事は止まった。その恐ろしい笑い声を前にして、あらゆる生者が動きを止めた。

 フィナックスはこれほどまでに長時間に渡って笑ったことはなかった。アショクは実に多くの大仕掛を持っている。「よかろう、生者よ。お前の望むがままだ」 そしてフィナックスはかつてのイレティスの玉座の間、アショクと王の死体の前から去った。彼の笑い声のこだまが壁を震わせていた。

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