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開発秘話

Making Magic -マジック開発秘話-

塩が失敗を美味しくするから

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塩が失敗を美味しくするから

Mark Rosewater / Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru

2016年5月9日


 成功が必ず進歩を生むとは言えない。ほとんどの場合、成功は繰り返しを生む。人々は一度うまく行ったことをもう一度生み出そうとするものだ。一方、失敗は、進歩という面から見るなら、よほど良い動機になる。何か失敗したら、何がまずかったのかを調べ、そしてそれを改めようとするものだ。今回これを取り上げるのは、マジックに関して学んだ大きな教訓のうちいくつかについて、そしてそれぞれの中でより大きな誤りがどのようなブレイクスルーを生んだかを語ろう。まだ諸君に話したことのない、最近の誤りに基づいた最近の大きなブレイクスルーまで話していくことにする。

 誤りというのはこれまでにも取り上げた話題だ。2002年11月、私は「間違い? あるよ(リンク先は英語)」という記事の中で、それまでに犯した(カードレベルの)誤りについて語った。その後2003年11月には、「誤るなかれ(リンク先は英語)」という記事で、マジックの歴史上最大の誤りの幾つかについて検証している。2011年には、「ロザンヌ」に関わっていた時期のことを書いた「ほかならぬロザンヌ(リンク先は英語)」三部作の中で、他の教訓とともに、大きな誤りを犯した時の対処について語ったのだ。

 それを踏まえて、マジックを作る上で私が犯した大きな誤りのいくつかを取り上げ、そしてそれらの失敗から学んだ教訓について語っていくことにしよう。

『オデッセイ』ブロック

 私は常にある意味反乱者だ。レポートの中で何かをするなと教師に言われた時、私は必ずその禁止されたことをする方法を探した。当時、私にとって4つ目のセット、大型セットでは2つ目のセットのデザインを始めようとしていたころ、私はプレイヤーが間違っているという考えに取り憑かれていた。周知の通り、当時マジックの理論の多くが迷走していた。大きな理論の1つが「カード・アドバンテージ」と呼ばれるものである。これを一言で言うと、カードを相手よりも多く持っていれば有利で、全体としてカード・アドバンテージを得られるもの(1枚で2枚以上に対処できるカードなど)で究極的にはゲームに勝てる、というものだ。では、正しい戦略がその逆、いわばカード・ディスアドバンテージになるセットを作ったらどうなるだろうか。

 『オデッセイ』はスレッショルドとフラッシュバックというメカニズムで墓地にあるカードに価値を与える、墓地テーマのセットになる予定だった。このテーマのために、私は効果のコストとしてカードを捨てることができるカードを大量に投入した。重要だったのは、その効果はカードを捨てる理由ですらなかったということである。例えばクリーチャー1体に先制攻撃を与える能力を7回使い、手札7枚すべてを捨てることもできた。先制攻撃はどうでもよくて、実際はスレッショルドを達成するためだった。

 このセットはうまく行かなかった。というのは、戦略的には手札すべてを捨てるのが正しかったとしても、プレイヤーの大多数はそんなことをしたくなかったのだ。このことから、次の教訓が得られた。

プレイヤーには、ゲームデザイナーがやらせたいことではなく彼らが本質的にやりたいことをやらせるべし。

 ゲームデザイナーは、ゲームがプレイヤーにやらせたいことを推奨するという強力な力を持っている。プレイヤーは、楽しくないことをしていても勝つことはあるだろう。問題は、プレイヤーにはプレイを止めるという作者以上の力があるということである。楽しめるようにしなければ、彼らは他の楽しめるゲームに向かってしまうことになる。『オデッセイ』は、ゲームデザインは強大な力であると同時に強大な責任であるということを教えてくれたのだ。(スパイダーマンのパクリだって?)

『神河物語』ブロック

 面白いことに、私は『神河物語』のデザイン・チームには所属していなかったが、デベロップ・チームに所属していた。このセットがデザインから提出されたとき、様々なテーマが含まれていた。トップダウンの日本的フレイバー、戦、部族要素(主にスピリット)、「伝説関連」テーマ。デベロッパーとして私が気になったのは、このセットは充分に集約できていないので、どの一面を中心にして押し出すかを決めなければならない、ということだった。

 私はデベロップ・チームの回答が定まるまでこの質問を投げかけ続けた。そして、その答えは伝説関連に集約したいというものだった。何と言っても、これは『神河物語』なのだ。それなら、もっとテーマを強化しなければならない、と私は言った。まだ充分に目立っているとは言えなかったのだ。問題は、「伝説の」は低いレアリティには存在しないものだということだった。当時は、ほとんどレアにしか存在しなかった(神話レアはまだ存在していない)。

 私の考えは非常に思い切ったものだった。それなら、すべてのレア・クリーチャーを伝説のクリーチャーにしたらどうか。さらには、アンコモンの伝説のクリーチャーを作ることも提案した。そうすれば、テーマを強く押し出すことができる。この考えは大災害だと証明されることになった。


罰する者、ゾーズー》 アート:Matt Cavotta

 伝説のクリーチャーの数を限っているのには理由がある。特別なものにしたいのだ。レア・クリーチャーすべてを伝説のクリーチャーにすれば、すべてのレア・クリーチャーを強くすることはできないので、必ず弱い伝説のクリーチャーを作らなければならなくなる。さらに悪いことに、それによって問題は解決されていなかった。大量の『神河物語』のパックを開けても、伝説関連がテーマであるということはなんとなく分かる程度だったのだ。

 このことから、次の教訓が得られた。

テーマがコモンに存在しないなら、それはテーマではない。

 これは単純な考えだが、私もこの大失敗をするまではこの問題に気づいていなかったのだ。開発部は望むテーマをセットのメインテーマとして提示できるが、プレイヤーがそうだと気づかなければ意味がない。テーマはただ作る側が考えるだけでなく、受け手が認識しなければならないのだ。我々が考えていたテーマが隠れていたら、プレイヤーは何か目に止まったものを取り上げ、それがテーマだと考えることになる。それで? それこそが、テーマなのだ。

『時のらせん』ブロック

 このブロックはもともと、時間というテーマを軸にして作られたブロックであった。時間を扱う面白いメカニズム(待機)があり、私は時間をブロックの軸として使うことができるかどうか知りたかった。時間というテーマから、このブロックの3つのセットは過去、現在、未来をテーマとすることになった。過去というテーマから、郷愁に強く寄ったデザインへと進むことになり、過去のメカニズムを大量に再録することになったのだ。

 ほとんどのプレイヤーは覚えていると思っていたので、再録メカニズムは複雑性の観点からはメカニズム1つとしては扱わなかった。過去のメカニズムを再録するのに問題ないと判断したら、次から次へと再録していったのだ。『時のらせん』には3個の新メカニズム(2つは新メカニズムで、瞬速はここでキーワード化されたものだ)に加えて10個の再録メカニズムが存在していた。それだけではなく、スリヴァーやサリッド、スペルシェイパーなどのキーワード化されていないメカニズムもいくつも存在した。

 『次元の混乱』では消散に変更を加えた消失が登場し、『未来予知』はもう気違い沙汰だった。私は一連の、マジック史上のメカニズムを組み合わせてカードを作った。『時のらせん』や『次元の混乱』で再録しなかった大量のメカニズムを再録した。さらに、いつか登場することになりうるメカニズムを持った「ミライシフト」カードを作った。こうして、『未来予知』はマジック史上それまでに存在していたメカニズムとほぼ同数のメカニズムが収録されることになったのだ。

 問題はメカニズムだけではなかった。郷愁をテーマにするということは、メカニズム的、クリエイティブ的に昔のカードを連想させるようなカードをデザインするということになる。それらのカードは、元ネタにしたカードがわからなければ意味がわからないものが多かったのだ。

 結果は、元ネタや再録されたメカニズムを最初から知っていた熟練プレイヤーたちはひどく気に入ってくれた。しかし、ほとんどのプレイヤーにとっては問題だった。メカニズムは多すぎて把握できず、内輪ネタはつまらなかった。史上初めて、大会の参加者が増えた一方で売上が下がったのだった。

 このことから次の重要な教訓が得られた。

どのセットにも、そのセットから始める人がいる。

 これは一度気づいてもすぐに忘れがちである。習性になったものは常にそうではないのだ。どこかで学ぶ必要があった。デザイナーやデベロッパーが、そのセットが新規プレイヤーにも使えるものでなければならないということを忘れたなら、マジックは滅んでしまうだろう。人々は様々な理由で去っていく。だからこそ、マジックの健康のためには、新しい血が必要なのだ。去っていく以上の新規プレイヤーがいなければ、マジックは次第に縮小していき、やがて維持できなくなることだろう。

『ローウィン』ブロック

 このブロックは2つの単純なテーマから始まった。1つ目が、『オンスロート』ブロックは部族テーマで人気だったので、もう一度部族ブロックをやりたいということ。2つ目が、ビル・ローズ/Bill Roseが私に4セットのブロックを作るという課題を出したので、私は2つの小ブロック(これは後に今の2ブロック構造に繋がる)があり、メカニズム的にも全く異なる小ブロック2つが存在するのは過激な出来事によって世界が変貌してしまうからだ、というアイデアを出した。

 『オンスロート』の部族テーマは、それまでの部族テーマよりも大きかったが、私はさらに大きくする方法があると気づいていた。それだけでなく、私はもう1つ重要なことに気づいていた。『オンスロート』以降に、我々は種族/職業型のクリーチャー・タイプ(「人間・兵士」など)を導入していた。この技術を使うことで、2軸の部族を持つクリーチャーが作れるのだ。我々は『ローウィン』では種族を(種族が先なのは、そのほうが多いからである)、『モーニングタイド』で職業を扱うことにした。

 私が誤りに気づいたのは、『モーニングタイド』の社内プレリリースの時だった。私の正面に座っていたマジック経験のほとんどない社員にとって、網の目のように複雑な部族の相互作用はわけがわからないものだったのだ。ゴブリン・戦士はゴブリン部族と戦士部族の影響を受けるが、ゴブリン・ウィザードはゴブリン部族とウィザード部族の影響を受ける。さらに人間・ウィザードまでいる。ゴブリン部族は先の2つには影響するが、3つ目には影響を及ぼさない。かと思えばウィザード部族はあとの2つに影響を与え、1つ目には影響しないのだ。これにさらに10体のクリーチャーが増えると、ほとんどのプレイヤーは盤面を把握できなくなっていた。たった1マッチしただけでプレリリースから立ち去るプレイヤーを見たのは、あれが初めてだった。


頭殴り》 アート:Allan Pollack

 興味深いことに、『時のらせん』ブロックで我々は受け手を圧倒しないことの重要性を学んでおり、我々は特にコモンにおいてメカニズムをあまり多く使わないよう、また文章をできるだけ短く抑えるようにしていた。『ローウィン』と『モーニングタイド』から、カードを読み、単体で理解することは簡単でも、実際にプレイで見たら圧倒するカードがありうるということを学んだのだ。

 このことから次の重要な教訓が得られた。

複雑さには何種類もあり、それぞれを監視しなければならない。

 この教訓から、「新世界秩序」という考え方が生まれた。コモンの扱いを変えることで、新規プレイヤーが参入する上での障壁が低くなるようにしようという考え方だ。我々は複雑さを理解上の複雑さ、盤面の複雑さ、戦略的複雑さの3種類に分類し、それぞれの複雑さの働きについて別々に考えるようになったのだ(「新世界秩序」と3種類の複雑さについて知りたい諸君は、この話題に関する私の記事を読んでみてくれたまえ)。

『戦乱のゼンディカー』ブロック

 『戦乱のゼンディカー』に手を付けたとき、私に与えられた条件はたった1つ、「ゼンディカー世界に戻る」だけだった。その意味合い、そこで何が起こるのか、デザインをどうするのかはすべて私に委ねられたのだ。当時は、まだストーリー重視の方向性が定まっていなかった(『マジック・オリジン』のデザインが始まったのは『戦乱のゼンディカー』のデザインよりも後である。時系列的に先のことだとしても、『マジック・オリジン』がどうなるのかがわかるのはセットのデザインも中盤になってからなのだ)。つまり、私は先行デザインを始める時点では物語について何もわかっていなかったのだ。

 私は、『ゼンディカー』ブロックの終わりがどうだったかを振り返ってみた。エルドラージが何千年の封印から解き放たれ、ゼンディカー世界にすさまじい破壊をもたらした。ゼンディカー人たちは英雄たちと協力し、エルドラージと戦うのだ。戦いはこれからだ。ブロック終わり。ゼンディカーは、ゼンディカー人は、エルドラージはどうなったのか、一切描かれていない。

 いかにもここからというところで終わっていたので、私は、この物語の続きを描く必要があると判断した。『戦乱のゼンディカー』のデザインに関する私のプレビュー記事(その1その2)を読んだ諸君は、エルドラージとゼンディカー人の戦いをどう魅力的なものにするかに私が心を砕いたことを覚えていることだろう。しかし、なぜこのストーリーが戦闘を中心にしなければならないのかについてはあまり時間をかけて検討しなかった。その理由は、私が他のストーリーを検討しなかったから、である。

 前回のゼンディカーはいかにもここからというところで終わっていた。そこには対立があった。そして、マジックはその本質として戦いのゲームなのだ。私は他の可能性を考えたこともなかった。ゼンディカーを再訪するなら、当然エルドラージとゼンディカー人の壮大な戦いになる。他に何がありえるだろうか。

 そして、それが私の誤りだった。後知恵で考えれば、相当の誤りだ。これを理解するために、まずこのブロックに関するある事実を公開しよう。旧『ゼンディカー』は、私が土地のメカニズムを軸にしたクールなデザインが可能だと確信したことで作られたものだ。ほとんど誰もがそれには懐疑的だったが、私は概念を証明するために時間をもらうことができた。そして私は成功し、その結果「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ」や「インディ・ジョーンズ」などに影響を受けた冒険世界を作ることになったのだ。

 旧『ゼンディカー』は非常に人気が高かった。その次の小型セットの『ワールドウェイク』も。しかし、私のアイデアにいくらかのためらいがあって、第3セットの大型セットはまた別の世界を舞台にするということになっていた。クリエイティブ・チームは完全に新しい世界を作る余力がなかったので、第3セットでメカニズム的に別物になる一方で同じ次元を舞台にするという理由付けを見つけ出した。これがエルドラージというアイデアの基である。

 『エルドラージ覚醒』は最初の2つのゼンディカーのセットとは全く違うものだった。これはいわゆる「大艦巨砲マジック」というやつで、(エルドラージのような最初から巨大なものも、Lvアップ・クリーチャーのように時間とともに大きくなるものも)巨大クリーチャーが活躍できるように早い戦略を阻止するというものだった。普通でないリミテッドは熟練プレイヤーには気に入られ、今日でも最高のリミテッド環境の1つとして挙げられるほどだ。

 しかし一方で、それほどのめりこんでおらず、ただ負けるだけのプレイヤーには拒絶されることになった。それまでいつも通用していた基本戦略が、ただ時間を無駄にするだけの罠になっていたのだ。結果として、このセットの売上は悪かった。特に、大人気だった『ゼンディカー』と比べると。

 我々がゼンディカーへの再訪を選んだのは、旧『ゼンディカー』が大人気だったからだ。しかし、人気があった理由ではなく、よりによって一番人気がなかった部分を取り入れてしまったのだ。さらに悪いことに、エルドラージとゼンディカー人の戦いを描く場所を作るために、冒険世界という要素をすべて切り捨てなければならなかった。今考えれば、それこそが旧『ゼンディカー』があれほど愛された理由だというのにだ。


逆境》 アート:Jason Rainville

 ここで例えを出そう。家族を連れてディズニーランドに行った。彼らは楽しい時間を過ごし、乗り物、キャラクター、もてなし、全てが気に入った。最終日の最後に、私は疲れ果てていたので、空調の効いた部屋で休むためにホール・オブ・プレジデンツに連れて行ったのだ。子供たちはアニマトロニクスの大統領に興味がなかったのでずっとそわそわしていたが、妻は興味を示していた。それから何年も経って、私は家族みんなが楽しんだディズニーランドにもう一度行くことにした。そして、家族をアニマトロニクスのショーに連れて行ったのだ。

 このことから次の教訓が得られた。

世界を再訪するときは、その世界を最初に訪れた時にプレイヤーが愛したそのものへ戻るべし。

 『イニストラードを覆う影』は、この理念に従った好例といえる。我々は『アヴァシンの帰還』には再訪せず、『イニストラード』に再訪したのだ。それと対照的に、『戦乱のゼンディカー』では『ゼンディカー』ではなく『エルドラージ覚醒』に再訪していたのだ。

 今後、半分が世界への再訪になるという計画である。したがって、この教訓は私にとって非常に重要なものなのだ。

学んだ教訓

 過ちを犯さなくなる日とは、すなわち学ばなくなる日である。私は、失敗を恐れるのではなく、失敗した時にそれを認識し、時間とエネルギーを費やしてそこから学ぶべきだということを学んだのだ。この記事では、マジックを作ることは難しく、常に正しくあり続けることはできないが、全力を尽くし、そしてより良くなる方法を学び続けている、ということを示している。これは私にとって、マジックに関わり続けて21年になる私にとって、間違いない真実なのだ。

 いつもの通り、諸君からのこの記事に関する感想を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrGoogle+Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。我々の失敗の中で我々が気づいていないと思ったものや、我々が失敗だと思っている中で諸君がそうでないと思うものがあれば、聞かせてほしい。

 それではまた次回、我々の新たな入門用商品がどのようなものになるかお知らせできる日にお会いしよう。

 その日まで、あなたの誤りがあなたに知恵を授けますように。

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