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Uncharted Realms

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黒き太陽の背後に

Adam Lee / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年3月27日

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 蝋燭の炎が震えた。

「私は人生への入り口なのです」 司祭は言った。揺らめく光がその話しぶりに超自然的な重苦しさを加えた。

 司祭は私の表情にちらついたであろう、無意識の反応に笑みを浮かべた。

「私がそう言うと、ほとんどの者は奇妙な顔をします。もしかしたらそれは、私がオルゾフの衣をまとっているためであり、我らがギルドに常につきまとう、怪奇なる中傷を彼らが信じているからかもしれません。我ら全員が利己的であり強欲であるというわけではないのです」 その司祭は溜息をついた。「思うに、無知なる者たちは常に最悪を想定するものです。人々は心なき情熱と悪意にたやすく揺さぶられます、そう思われませんか?」

「そう思います」 私は言った。「だけどあなたは認める必要がありますよ、オルゾフは公正な取引では知られていないと」

 その司祭は椅子にもたれかかり、掌を上に返して肩をすくめた。「我らは全てを文書にしています。そこでは全てを目にすることができます。皆、署名する前に小さな文字を読まないというだけです」

 私はその司祭の自己弁護を感じ、自分の個人的な先入観を捨て去るよう努めた。構成員の一人と謁見が実際に叶うことは言うまでもなく、この命令の証人となるのは非常に困難だ。私は長年の仕事が手の中で崩れ始めるのを感じた。もしもこの前代未聞の立ち入り許可で名を上げたいならば、自分の意志や誇りなどは飲み込む必要があるだろう。

「真にその通りです。人々は求めるものだけを見ます。そして欲望に従って行動する前に待つ、もしくは値踏みするような忍耐力をもつ者は、なかなかいません」

 私のその言葉に、司祭は機嫌を直したようだった。

「その中に真実を見る者は稀、あなたがそうであることを嬉しく思います。我々の儀式を公開するという私の選択は、あなたが虚心でそれを見るかにかかっています」 彼は黄金の杯にワインを注ぎ、私にいくらかを差し出した。だが私は丁重に断った。「オルゾフは忍耐に大きな価値を見出します。我らはギルドへの奉仕を始めてすぐ、その美徳を教えられます。我らは、忍耐だけでなく献身、信頼、そして無私をも必要とする務めに選ばれたのです。それは、我らの生命をオルゾフのために差し出すことです。我らはギルドにとって単なる金銭的価値を越えたものを保持しています。我らは、辿り着くことのできるものよりもずっと偉大な存在への入り口なのです」

 今や私達はそれに近づいていた。私はいつも心を奪われていた、献身的な信念がいかにして、生き長らえることへの生来の欲望に――我々の本能的な利己に取って代わることができるかということに。ボロス軍のウォジェクは自身を犠牲にして無辜の者達を生かす、それは私にとって常に謎だった。批判的で自分本位の精神、その下層、奥底深くに走る別の模範をいくらか垣間見せてくれる。ボロスやセレズニアはそのような振る舞いを示すのに相応しいギルドだと思う。だがオルゾフ? 「取引のギルド」にそういう話というのは奇妙な印象を受けた。

 まもなく、私はオルゾフ組の壁の内部に隠された神秘の儀式を目撃するだろう。そしてこの神秘と憶測に覆われた隠棲世界の決定的な瞬間を記録するだろう。

 司祭は杯を置き、立ち上がった。

「聖域へ向かいましょうか」


 私達は木質の香料と松明が匂う、高い天井の部屋に入った。司祭のローブと彼の襟から下げた重い黄金の円盤が、分厚い煙のように風になびいた。

 ゆらめく松明の灯りの中、床に巨大なオルゾフのシンボルが大きな石のタイルで描かれているのがわかった。司祭はその円の中にひざまずくと、少し離れた肘かけのない小さな椅子に座るよう私を促した。私が羽ペンと紙を取り出すとすぐに彼は始め、その声が暗闇へとこだました。

「我々の儀式はオルゾフの最も純粋なる理想を体現します、それゆえにわれらの中でもごく少数のみが選ばれるのです。その務めを委ねられるというのは、ほとんどの者にとってはあまりに重すぎるものです。ですが私は、自分の人生が選ばれることは、大いなる目的で満たされることだとわかりました。今日まで、その目的を果たすことは私の至上の大志となってきました」

 その時、ローブを纏った聖職者が二人、物言わぬ幻のように松明の灯りの中へと入ってきた。一人は司祭の前に蝋燭を置き、長い点火棒で火をつけた。もう一人の聖職者は司祭の前に、中に何か重いものの入った鉢を幾つか置いた。石のタイルに立てた鈍い音で私はそれがわかった。そして聖職者達は入ってきた時と同様に静かに去った。

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 司祭はローブのひだから、ガラス製の筒を取り出した。その両端の蓋からは黄金の鎖が下がっていた。筒の中には荒れた白い煙が渦巻いていた。それはどこか、生きているようにも見えた。

「これこそが死盟」 彼は筒を凝視して言った。それが放つかすかな光は水の中の陽光のように彼の表情にゆらめいた。司祭は眩惑されたかのように深くを覗きこんだ。その不気味な発光に司祭の青白い顔は極端に白く見え、黒曜石のような瞳の黒さが際立った。渦巻く深みへと沈思する彼は、象牙色をした死霊のように見えた。「これは我らの神聖なる儀式と同じ名を持ちます。この小さな筒の中に壮大な力が眠っているとは想像しがたいことです」

 司祭は細い筒を鎖から外し、恭しく眼前に横たえた。そして幾つもの黄金の鉢から蓋を取り、コインを一掴みして床にばらまいた。コインの音が広間に響き渡り、私は自分が何か奇妙な、巨大な鐘の中にいるような気分になった。本能的な不安が稲妻となって自分を貫き、四肢に流れるのを感じた。

 彼が言っているのはどんな力なのか? 私は危険にさらされているのか?

 私は本能的に司祭から後ずさり、だが部屋から逃げ出したいという衝動に逆らった。彼が続ける中、私は深呼吸をして怖れをものとせず自らの羽ペンで全てを記録した。記録者であるという本能は抑えがたいものだ。何と引き換えにしても知識を。

 私はそのコインに何の意味があるのかと疑問に思ったが、その儀式をあえて質問で中断する気はなかった。それは無礼というものだ。冒涜的だ。私はあらゆる詳細を書き記した、その司祭の身振りと言葉を可能な限り。彼の恍惚状態がゆっくりと深まる中、私の羊皮紙と羽ペンのこすり音はまるで不法侵入のように思えた。だが私はむしろ、どんな詳細をも逃さぬよう恐れていた。

 そして彼は静止した。

 松明が燃える音だけが響く長い瞬間の後、司祭は囁いた。

「準備は整いました」

 そして彼はガラスの筒の蓋を外した。

 私の心は期待に早鐘を打った。何の準備だ? 何が起ころうとしている? 私が証人になろうとしているのは、一体どんな秘密なのだ?

 それは最初、心理的トリックかと思えた。だが......

 ガラスの筒内部に荒れ狂っていた煙が躊躇がちに、意志を持つかのようにうねりながら出た。白い煙が司祭の顔を捜すように向かってくると、彼は深く息を吸った。煙が胸に当たると、彼は反射的に身を引いた。そして煙は首に巻きついたが、司祭は眼を固く閉じたままでいた。煙が彼の顔に近づくと、司祭の鼻へと向かった。煙の内部には漆黒の撚り糸がはっきりと見えた。それは松明の灯りの中、滑らかなゴム片のように見えた。鼻から深く息を吸ったことで、司祭のくぐもった祈りの声は静まった。呼吸音を聞いたかのように、煙は司祭の鼻孔へと吸い込まれ消えた。司祭は窒息したような呻きを上げ、前方に倒れた。

 私は飛び上がった。だが袖がインク瓶に引っかかり、石の床に音を立てて落ちた。黒のインクが、まるで黒い血のように松明の灯りに広がった。私は床に転げて悶え苦しむ司祭の傍に急いだ。彼は黄金の襟をかきむしっていた。彼の顔は紫色の血管と痣の色で斑模様になっていた。私は助けを呼んだが、広間に反響する音が聞こえただけだった。

 そして黒い煙が司祭の口から渦巻きながら出始めた。私は即座に、数年前に目撃したイゼットの化学的な炎を思い出した。

 すると司祭は硬直し、その首ががくりと折れた。黒い煙は鼻と耳からも溢れ出した。そして後ずさり袖で顔を隠す私の前で形をとり始めた。

 司祭の身体は白く濃い蒸気を煙のように発しながら私の目の前で萎み、乾いていった。蒸気は一つに寄り集まって人の形をとり始めた。腕、脚、頭、上半身が私の前で一つとなり、雪花石の肌を持つ壮麗な女性の、実物の姿をとった。黒い煙は彼女の背後の大きな二枚の翼に、そして渦巻く煙は彼女を生ける衣服のように包んだ。黄金のコインとそれらの黄金の容器は流れて金属塊となり、微光のゆらめく鎧と大鎌の巨大な円弧を形成した。その秘術的な創造の全てが私の不信心な目の前で起こった。だが私にできたのはこの、無表情に、だが激しく好奇の視線で見つめている、この世ならぬ生物の顔を凝視することだけだった、

 彼女が手を伸ばすと、黒い煙の最後の欠片が形をとり、大鎌の黒檀の柄となってその色白の指にしっかりと収まった。

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 その天使は自由な方の手指を動かした、まるでそれらの効能を試すように。そして輝く鎧と周囲を見た。私は固まっていた。動きたくなかった。彼女の怒りを被りたくはなかった、だがここに居続けたくもなかった。

 彼女は烏の羽の翼を動かすと、私に向き直った。

「お前。オルゾフの記録者よ。記録せよ」 それは囁きほどの声だったが、彼女の声は剃刀の刃のように大気を切り裂いた。一瞬の躊躇の後、私は羊皮紙と羽ペンと、倒れたインク瓶をかき集めた。ありがたいことに、瓶の中には数滴のインクが残っていた。

「私はオブゼダートの幽霊堂からやって来た。テイサ・カルロフへの伝言がある。迷路には我々が知る以上のものがある。テイサ・カルロフは正しい経路を見つけ、迷路を完走せねばならぬ。何があろうとも」

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