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世界魂を称えて その1

Jenna Helland / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2012年9月26日

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「待て!」 左の手綱を死に物狂いで引く寸前、その年若いエルフは甲高い声を上げた。彼女の狼は鋭く向きを変え、低い梁につまずいた。エルフは狼に掴まるも鞍からずり落ち、ともに地面へと不器用に転げた。

 ルージは笑いをこらえていた。「『マテ』? それは君の新しいあだ名かな?」

 狼は彼の質問に応じて唸り、年若いエルフへと憤りの視線を向けた。

「何を間違えたのか教えてくれるかな」 ルージは二本脚の生徒へと言った。

 そのエルフにとっては、障害走路と教室が合わさった訓練場での最初の授業だった。

 その大規模な、風通しの良い集会場には、高く張られた綱とぶら下がる障害物が精巧に組み合わされた訓練場が広がっている。中にはスギの削り屑と格子壁に咲くスイカズラの匂いが漂っている。今日のような晴天には、ルージは飾り天窓を開いて夏のそよ風を通す。

 熟練の訓練士として、ルージは最も若年のセレズニア議事会員とその狼達へ、狼乗りとなる訓練を施していた。箱や柱、梁の一式は彼の生徒達が都市の屋上を通過する時に直面するであろう環境を模したものだった。


《共有の絆/Common Bond(RTR)》ラヴニカへの回帰 アート:Raymond Swanland

「手綱を強く引きすぎたのでしょうか?」 彼女は狼の赤みがかった毛皮から砂を払い、口ごもりながら言った。ともに年頃を迎えたばかりの少女とその狼は、彼が失ってしまった子供の頃の純真な好奇心を持っていた。彼女らはともに、彼がまだ失っていない長く不格好な肢を持っていた。

「それと?」 ルージは続きを促した。

 彼女が途方にくれたのを見て、彼は訓練場の周囲に張り巡らされた木製の高座から注意深く観察していた残りの生徒の方を向いた。この若者の一団は新入りの訓練生達だが、全員が議事会に加わるべく生まれた者達で、彼は全員の顔を認識していた。乗り手達は若いうちに狼の子との絆を作るため、大人になってから新たにギルドへと加わる者が狼乗りの地位を獲得することは滅多にない。

 誰も口を開かなかった。彼らは静かな尊敬とともに教師をただじっと見ていた。ルージはセレズニアの間でも、厄介者として伝説的な存在だった。だが若者達が彼の管区暴動における英雄的行為を忘れ、一人前の乗り手になるべく訓練を受けることに集中するようになるには、数回の授業で十分だった。


《勇士の再会》ラヴニカへの回帰 アート:Howard Lyon

「彼女は梁に届く前に速度を落とした」 ルージは言った。彼は滑車のクランクを回し、低い梁を地面から高く上げた。「速度を低下させたために、君は機敏さを失った。君の狼の本能を信じ、怖れに屈しないことだ」

「クーマ!」 ルージは彼の狼を呼んだ、彼は既に高座から飛び降りて乗り手の傍、自分の定位置につこうとしていた。

 クーマには鞍も手綱もついておらず、そのためルージは狼の広い背中の上に腰を下ろした。乗り手の重みを感じるや否や、クーマはぐらつく足場の間を跳ね、天井近くの最も高い地点まで達した。開いた天窓からの風に吹かれ、細い梁が風に揺れていた。だがルージは躊躇することなく彼の狼を前へ進むよう促した。ルージが驚嘆している生徒達へと矢を放つ動作をする間、クーマはまるで支間で踊っているように見えた。

 地上に戻って、ルージは歯をむいて笑うクーマへと微笑んだ。「狼を信じることだ」 教師は言った。「君達の少なくとも倍は賢いんだからな」

 生徒達は、彼らが歩き始めた頃から絆で繋がっている狼達と陽気に戯れ、笑いながら出口へと向かっていった。

 最後の一人が扉から出た後で、ようやく彼はほとんど授業の間じゅう扉の傍で怒っていたドライアドに相対した。彼女とその高まる憤慨を無視し続けていたのは、立ち去って欲しかったためだった。


《ドライアドの闘士》ラヴニカへの回帰 アート:Terese Nielsen

「ようこそ、マゼナ」 彼は言った。「何かお役に立てることが?」

「ギルドマスター・トロスターニからの重要な伝言があります。そして我々を長いこと立たせていましたね」 彼女は鋭く言った。

「生徒達を蔑ろにしろと言うのですか?」 彼は尋ねた。マゼナはトロスターニが最も信頼をおく相談相手の一人だった。彼女のカリスマを無視することはできない、だがその横柄さには我慢ならなかった。彼女はルージを引きつけ、同時に追い払うような力と過信のオーラを放っていた。

「貴方は子供達へと祭りの曲芸を見せつけるよりも、世界魂を称えることに時間をより多く費やすべきです」

「目に見ることのできないものを学ぶのは難しいんですよ」 ルージは応えた。ドライアド達の間で彼の評判は良くなかった。彼のギルド指導者への不満は広く知られていた。彼はその英雄的な過去があるためにドライアド指導者達から好意的に見られているのだった。

「世界魂は我々の最も偉大なる師であり、最大の神秘であります」 マゼーナが言った。彼女は「トロスターニの教え」から一節を引用した。あらゆる議論を終わらせる最も確実な方法だ。

「何がお望みなんですか」 お決まりの哲学的議論を長引かせるだけと、ルージは無作法に尋ねた。ルージはギルドによって造られた庭園を、動物達を育てることを、生命と共同社会を称えることを愛していた。だが内心、彼は世界魂を崇拝するよりも、ギルドの仕事そのものを愛していた。セレズニアの者達は、世界魂は彼らを統一と調和へと導く集団潜在意識なのだと信じている。ルージにとっては、彼の狼と自身の手にした弓を信頼し、それらを必要とあらば使うことの方がずっと容易かった。


《セレズニアの魔鍵》ラヴニカへの回帰 アート:Daniel Ljunggren

「調和です」 マゼナは言った。「平和です。議事会にとって最良のものを望みます」

 ルージは世界魂を歌った歌よりも、その暴力的脅しによる調和のほうを遥かに多く見てきていた。「どうしてここに来たんですか? 今この時、私の授業の間ずっと」

「トロスターニは......争いを察知しています」 彼女は言った。「貴方は残骸地帯へと行かねばなりません。今日のうちに旅立ちなさい」

「何?」 ルージは驚き尋ねた。残骸地帯は第十地区の遠端から始まる、荒廃した土地の広がりだ。「ちょっとした旅ってわけじゃないぞ」

「議事会のためなのです」 マゼナが言った。「それとも、英雄として、貴方は十分に職務をこなしているとお考えですか?」

 ルージは彼女と議論したいという衝動と戦った。この状況はあらゆる面で何かが間違っている。だがそれこそがドライアドの天性の巧みさなのだ。

「そこで俺に何をさせたいんだ? グルールを偵察するのか? 晩餐に猪を持ち帰ればいいのか?」

 その美しさにもかかわらず、ドライアドは明らかに不愉快な表情をした。「本気で尋ねているのですか?」

「セシリーの所へ行けというのか」 彼は言った。「姉さんを見つけろと」

「あなたと血を分けあった者、あなたの家族は我々の家族です。何を躊躇っているのです?」

 共に育った少女であった彼女は変わってしまった、それが躊躇いの理由だった。彼女はヴィトゥ=ガジーを離れ、不毛の残骸地帯へと定住した。その地の病人や死にゆく人々を癒すために、混沌しか知らぬ人々へと調和をもたらすために。彼女は去り、二度と会うことはないだろうとルージは思っていた。

 子供だった頃、セシリー、ルージ、そして彼の狼クーマの三人は離れがたい存在だった。だがセシリーは今や彼女自身の共同体の長となり、彼女が口にする言葉はもはや彼女の言葉とは思えなかった。彼女はグルールの孤児を養子とし、自身の子のように育てていると聞いた。彼女のもとを訪れた狼乗りから聞いたところによれば、彼の新しい甥にルージと名付けてさえいるのだという。だがセシリー本人についての知らせや、彼女から弟に向けたものは何もなかった。

 それでも、巧妙なるマゼナは一つの事については正しかった。セシリーの事となると、彼は嫌とは言えない。

 数時間後、ルージとクーマは残骸地帯の端、最後の屋根へと到着していた。夜明け前ではあったが、彼方の地平線は来たる日の出の赤色を帯びていた。落ちつかずに、彼は眼下の見慣れない地面を観察した。


《山》ラヴニカへの回帰 アート:Yeong-Hao Han

 何年もの間、ルージとクーマは高路を共に旅してきた。彼は陽光を遮られることなく感じながら、丸屋根と尖塔の間を放浪するのが好きだった。点在する屋上庭園、草木と色の小さな斑を目にするたびにルージは希望を貰えた。ルージは太陽がかろうじて敷石へと漏れ届く、地面の騒音と汚さが嫌いだった。眼下では、あらゆるものが茶色がかったもやに霞んでいた。その中で最も輝いていたのは、子供達のぼろぼろの衣服だった。

 彼とその狼は建物の上を何日も旅することができ、その間クーマの足はラヴニカの街路に触れることは決してない。だが今、もはや選択肢は無いように思えた。彼らの前には、残骸地帯の汚れた暗闇が、何もない暗黒の深穴のように広がっている。灯の明りも、葉の心地よい香りもなく、瓦礫の散らばる低木地帯と荒れ地だけが広がっている。

「セシリーはここに生きることを選んだのか?」 ルージは狼へと呟いた。この暗闇の何処かに姉のヴェルナディ――献身的な伝道師達の若き共同体がある。それを聞いたことすらない者達へとセレズニアの真理をもたらす意志を持って。

「ここで根を輝かせられる者がいたら、それはセシリーだ」 ルージは自分自身へと言い聞かせ、地上へと下りる路を探すために踵を返した。

次週:その2、快楽殺人の暗殺者

ラヴニカへの回帰

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