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マジックフェスト・京都2019

戦略記事

教えて!ヤソ先生!! ―正しいサイドボードのやり方とは?―

伊藤 敦

 我々はマジックというゲームについて、どこまで知っているだろうか?

 スタンダードに存在するデッキの相性や、各アーキタイプが採用している一般的なカード、マッチのキーとなる具体的な切り札……そういった点については、よく知悉しているかもしれない。

 だが、それらは環境が変われば知識としてはほとんどその有用性を失ってしまうものばかりだ。

 他方で、実のところ。あらゆる環境に通底する、マジックの基本となる概念については、まだまだ認識不足の点が多いように思われるのだ。

 たとえば、サイドボードというものについて。

 サイドボードには、どんなカードを入れるべきなのか? 先手と後手でインアウトを変えるべきなのだろうか?

 そもそも我々は、正しいサイドボードのやり方を知っているのだろうか?

 マジックというゲームが最初に発売されてから26年。多くの初心者たちがつまづき、あるいは見て見ないフリをし続けている疑問。

 そんな根本の疑問に答えられるとしたら、この男しかいない。

 MPL(マジック・プロリーグ)の一員として日本マジックの最高峰に立つ、 八十岡 翔太。3不戦勝で暇を持て余していた彼に、サイドボードという基本概念についての話をふんわり聞いてみた。

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マジックにおけるサイドボードの意義

――「MTGアリーナの登場により、マジックへの新規の参入者も増えてきていると予想されます。また、来週末に開催され八十岡選手も参加されるミシックインビテーショナルではデュオ・スタンダードという、実質サイドボードを使用しないBO1(=Best of 1、1本先取)ルールをベースにした対戦も行われます。そこで改めて、マジックにおけるサイドボードというものの意義について、八十岡選手に整理していただけないでしょうかと思った次第です」

八十岡「ほう、わかりましたいいでしょう。『まずサイドは15枚入れましょう。14枚以下でもいいけど15枚の方がいいでしょう』」

――「いや、そういうのじゃなくって。もうちょっとみんなの参考になる感じで」

八十岡「……まあ、サイドボードは難しいよね。前提から言うと、マジックは基本的には、先攻を取ってやりたいことをやった方が勝てるゲームなんだよね。ただサイド後は後攻の方が有利だったりもする。それはなぜかというと、サイド後は無駄なカードがなくなるからだね」

八十岡「たとえばミッドレンジは、メインは相手との噛み合い次第だけど、サイド後は受けに全振りすることもできる。メインで相性悪くてもサイド後勝てれば問題ない。『メインではすべてのデッキ相手に勝率4割だけど、サイド後はすべてのデッキ相手に勝率7割』というデッキがあったら最強なわけ。今のスタンダードのスゥルタイとかはそれに近いかもね。メインは全部に微不利だけど、サイド後は大抵有利になる。メインボードだけのパッと見の強さがデッキの本当の強さじゃない、というのがマジックの面白いところだね」

――「確かに、メイン戦だけなら赤単が不動の最強になっちゃうかもしれませんしね」

八十岡「サイドボードには、そんな風に『やりたいことやったもん勝ち』を抑制する機能がある。そのおかげで、たとえばモダンにおける『ドレッジ』のように決まったら強力すぎるようなコンセプトも、ある程度環境に存在できるようになるわけだね」

サイドボードを正しくできる人は0.1%もいない

――「それを踏まえて、最近マジックを始めてサイドボードのやり方がよくわからない!という人たちのために、『こうすれば間違えない! 八十岡流サイドボードの秘訣三か条』みたいなのを、また伝説の五か条的な感じでバシッとお願いできないかなと」

八十岡「いやー、難しいね。そもそもサイドボードが完璧にわかる、正しくできるという人は0.1%もいないと思う。人に聞いてみても、みんな言うことが違うよね。絶対の答えというものがない。である以上、ひとつひとつのセオリーを誰かに教えてもらうしかないんだよね。『全体除去が入ってるデッキ相手には《ラノワールのエルフ》は抜け』とか、『クロックが低いクリーチャーは減らせ』とか。メインのデッキ構築にセオリーがあるように、サイドボードにもセオリーがある。『コントロール相手に《ショック》は抜け』とかね」

――「そのセオリーを束ねて一般化することはできないんでしょうか?」

八十岡「できないね。というか、それは『デッキの作り方を一般化して!』と言ってるのと一緒だよ。答えは『デッキによって違う』」

――「ビートダウンにはビートダウンの、コンボにはコンボの、コントロールにはコントロールのサイドのやり方がある、ということですね」

八十岡「そう。しかもそれでいて、サイドする場合はそのデッキ自体のバランスを崩さないように入れ替えないといけない。サイドしてみたら4マナ域が12枚ありました、とかだとダメだよね。デッキの体を成していない」


サイドボードの戦略記事、というものが世の中にないから

――「大まかな指針だけでも掲げてもらうことは難しいんでしょうか?」

八十岡「うーん、実はカード単位で考えていてもダメなんだよね。『このデッキ相手にはこのカードが強い』という風に暗記するだけだと意味がない。『コントロールにはハンデスが強い』、けどいついかなるときでもそうというわけでもない。サイドボードが難しいのは、サイドすることでデッキが弱くなることもあるからなんだよね。体感だけど、3割くらいの人はサイド後にデッキが弱くなってると思う」

――「どうしてそんな風になってしまうんでしょうか?」

八十岡サイドボードの戦略記事、というものが世の中にないからだね。入れ替えの記事はあるけど。たとえばマナ・ベースとかマナ・カーブの場合は、数字だから目に見えやすくて簡単なんだよね。だけどサイドボードは、負けたときにそのせいで負けたのかどうかがわからない。土地が詰まって負けました、けどそれって実はサイドから重いカード入れすぎてたんじゃないの?とかね。間違いに気づけないわけだね、普通の人は」

八十岡「これが上のレベルになると相手のサイドの仕方との噛み合いになるんだけど、まあそれはプロ同士の話だね。大多数のプレイヤーはそこまでには至っていないんじゃないかな」

――「サイドボード道は奥が深いんですね……」

八十岡「深いね。マリガン道より奥が深いからね」

――「しかもマリガンはロンドン・マリガンとかで初心者にも優しくなっていってますからね」

八十岡「確かに(笑)」

――「サイドボードはこれだけ難しいのに全然ルール変わらないですよね。モダンとか、『デッキが多すぎてサイドが足りない! 20枚上限にしろ』とかよく言われてるのに(笑)」

八十岡「サイドボードは上限増やしたら上手い人が勝ちやすくなるだけだよ(笑) 普通は減った方が楽だね。5枚くらいにしたら簡単だろうね」


カギは試行回数にあると思う

――「それでもどうにかサイドボードのコツを掴みたい!という人がいたら、どういった方法が考えられるでしょうか?」

八十岡「まあ、カギは試行回数にあると思うね。誰でもメインはよく回すから問題点に気づきやすい。ただサイド戦は特定のマッチしか試さないことが多いよね。そこを無差別に100回とか回すと、如実にわかってくると思う。ただ、そういったことを説明してる記事は見たことがないね」

八十岡「結局『そういうサイドをする理由』がわからないと意味がないんだよね。たとえば『ネクサス相手に《再燃するフェニックス》を抜くのはなぜか?』『ネクサスのゲームターンとフェニックスのクロックがズレてるから、4マナ4点火力くらいにしかならなくて弱い』という風に。サイドボードは、そういったものの蓄積だから。難しさ的にはコンバット(戦闘)に近いね」

――「コンバットに近いということは、話題になったドリルみたいに単純化も可能かもしれない?」

八十岡「できるとは思うよ。ただ例外が無数にあるだけで。マジックの基本は、全部そういう暗黙知の側面が強いよね。将棋と一緒で、定跡が多い。ただ将棋と違って、どこにも定跡をまとめたものがない。もしくはあったとしてもすごい少ない。定跡を覚えれば、環境が変わってもずっと生き続けるからね。マッチごとのサイドインアウトを暗記しても、環境が変わったら意味がなくなっちゃう。だから定跡を覚えるしかないんだけど……でもどこにも残ってないから、伝聞しかないよね。それか自分で思いつくか。だから試行回数はやっぱりひとつの道だよね。効率は悪いけど、いつかはたどり着くから」


サイド後にデッキのバランスを崩すな!

――「手っ取り早い近道はない、ということなんですね」

八十岡「そうだね。まとめると『定跡を学ぼう。ただし資料はないけど(笑)』……マジックの実力は机の上の勉強で積むことができないからね。現状ではとにかく回数をやることでユニバーサルサイドボードセオリーをひとつひとつ学ぶか、原根(健太)くんみたいに強い人のいるコミュニティに直接飛び込むしかない。そのくせオールドセオリーもいっぱいあるし、実際ゴールドレベル以上の人くらいかな、ちゃんとできてるのは。しかも理論上100点の人は存在しないからね。80点以上できる人で精々、というくらい。正解が相対的なものだからね。相手が何を入れてくるか、という読みも入るし」

八十岡「まあだから、MTGアリーナから始めたという人も、実際はサイドボーディングに関してはここ数年のプレイヤーとそんなに差はないんじゃないかと思うよ。何せ教科書がないからね」

――「そうなると、この状況を打破するためにはどこかで『マジックの教科書』を作るしかなさそうですね……」

八十岡「まあそれは公式に頑張ってもらうしかないね。サイドボードが正しくできるかどうかでBO3(=Best of 3、3本中2本先取)の勝率は大きく左右されるわけだし。サイド後にこっちのデッキが強くなってるのに相手だけ弱くなってるとか、ゲームとしてありえないよね(笑)」

――「さて最後に、もう三か条とは言いませんので、『サイドボーディングについて最も多くの人が間違えがちな1点』について、何卒格言をいただけると幸いです」

八十岡「難しいな……『コントロールに《ショック》は抜け』……『アグロ相手に重いカードは弱い』……いや、ひとつだけ選ぶならやっぱり『サイド後にデッキのバランスを崩すな!』だね。MTGアリーナはデッキ全体を見ながらサイドできるけどリアルだと抜いて入れて~だから、気を抜くと4マナと5マナのスペルばっかりになってたりすることがよくある。あとはマナベースに気を遣わずにサイドしちゃうとかもよくあるね。メインで《英雄的援軍》しかタッチしてないデッキなのに、《》も増やさずにサイドから赤いカードがやたら増えてるとか」

八十岡「特定のマッチアップでカードが強いか弱いか、というのは結局そこから一歩先なんだよね。それにそういうことは記事読んだら書いてあるし」

――「サイドボードというシステムはマジックの大きな特徴のひとつなので、ぜひ多くのプレイヤーにこの醍醐味を感じてほしいところです」

八十岡「自分もサイドボードというシステムをうまく使って勝ってるタイプだしね。プロの強さは、プレイの強さやデッキ選択の上手さとかもあるけど、『サイドが上手い』も間違いなくひとつの要素だと思うよ。ただ、一番可視化されにくいだけでね。まあそこがマジックの面白いところでもあるわけで、本当にマジックは無限に楽しめるよ」

――「ありがとうございました」


 サイドボード道は一日にして成らず。

 「一朝一夕ではいかないよ」という以上のことは結局引き出せなかった気もするが、八十岡をして「奥が深い」と言わしめるサイドボードというシステムについて、少しでも考えるきっかけになったなら幸いだ。

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RESULTS

対戦結果 順位
15 15
14 14
13 13
12 12
11 11
10 10
9 9
8 8
7 7
6 6
5 5
4 4
3 3
2 2
1 1

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